【内容情報】(出版社より)
うつ病や不安症,統合失調症など,一般的によくある精神障害と診断されている人の中に,実はその原因となる身体疾患を抱える人が隠れていることもある……そうとは知っていても,身体的な原因を考えることについて苦手意識を持っている精神科医も多いのではないでしょうか。少なくとも私自身はそうでした。そんな中,出会ったのが宋龍平先生でした。
ある日,私のもとを訪れた宋先生と精神医療における想いを語り合う中でご紹介いただいたのが,モリソン先生による一冊“WhenPsychological Problems Mask Medical Disorders: A Guide for Psychotherapists”でした。さまざまな領域につき積極的によく学んでいた宋先生だからこそ出会えたのであろうこの本。さっそく原著を手に入れ読みはじめてみると,精神医療の中で臨床的に考えるべき身体疾患のことが十分に,それも精神科医にも理解しやすいよう配慮され盛り込まれたその一冊は,多くの学びを与えくれるものでした。その後,宋先生から,本書の翻訳版を日本の精神医療に携わる人々に届けたい,という熱い気持ちとともに,監訳を打診いただき,お受けしました。それに応えるように,株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナルの方々にはこの翻訳本の出版を快くお引き受けいただきました。
いざ作業に着手してみると,ただ原著を日本語にするだけにとどまらず,よく調べたうえで日本の臨床にあわせた訳注が多数盛り込まれており,宋先生の真面目な仕事ぶりには驚かされるばかり。私自身は監訳者として,より正確な内容にできるよう,より読みやすく読者の頭に届けられるよう,そして,モリソン先生ならではの語りの魅力が感じられるように努めたつもりです。
さて,精神症状の裏に隠れた身体的問題について,われわれは本当に気づくことができるのでしょうか。実際のところ,一般的な精神科の外来で,そのような患者の率はそう高いものではありません。しかし,ただの精神障害だと片付けられている身体疾患は,われわれ医療者が気づくのをひっそりと待っているはず。われわれが本書で得た学びを通して,日本で精神症状に悩む多くの方々の中から1 人でも2 人でも,その真の原因に気づくことができたとしたら,その方に大きな救いをもたらしうるでしょうし,そのときこそ,この本の真価が発揮されたといえるでしょう。
この本を皆さんのもとにお届けできたのは,まず何よりも豊富な知識をもとに原著を書き上げたモリソン先生の功績が第一にあります。そして,この原著の素晴らしさを日本の医療者にも共有すべく翻訳にあたった宋先生の熱意があってこそ。私自身,本書に関わる中で多くを学ぶ機会を得たのは幸いでしたし,今こうして本書を手にしている医療者の皆様にとっても臨床の大きな助けとなることを期待しています。
2021 年6 月
松崎朝樹
偉大な先人が著した書籍や論文によると「,急性発症」,「軽微な意識障害の併存」,「精神症状の多彩さや移ろいやすさ」は,身体疾患や物質中毒が原因で起こる器質性・症状性の精神障害を示唆するそうです。私自身のそう長くない精神科医としての経験から,これらの特徴を知っておくと臨床的にとても役立つと実感します。しかし,器質性・症状性精神障害を疑ったとして,具体的にはどの身体疾患や物質中毒を鑑別リストに入れればよいのでしょうか。この疑問に直接答えてくれるまとまった資料は見つけられず,自分で作ろうかと考えながらも怠惰に任せて数年間過ごしたときに出会ったのが,精神障害の診断に関する実践的な書籍を多数執筆されているモリソン先生の1 冊“, When Psychological Problems Mask Medical Disorders: A Guide for Psychotherapists”でした。
本書は,身体疾患が原因となる精神症状の特徴が学べる第1 部,精神症状をきたしうる66 の身体疾患・物質中毒それぞれの概要が記された第2 部,鑑別疾患リスト作りにとても役立つ精神症状と身体疾患・物質中毒のクロス表がまとめられた第3 部からなります。
今この序文を読んでくださっているあなたが(どの診療科であれ,精神症状がある患者さんを診ることがある)医師ならば,第1 部にさらっと目をとおしておいて,精神症状の原因として身体疾患を疑う患者さんと出会ったときに第3 部のクロス表をご利用いただくとよいかもしれません。第2 部は簡潔にまとめられている分,少し物足りないと感じられるかもしれませんが,馴染みのない疾患について概略をつかむのにお役立ていただければと思います。
精神症状を呈する患者さんに最初に接するのは,看護師,保健師,公認心理師,ソーシャルワーカー,作業療法士の方々という場合もあるでしょう。あなたがこれらの職種のどれかに該当されるなら,第1 部から読み始めるのがおすすめです。第1 部の本文中には,精神症状の説明に加えて,その精神症状の原因になりうる身体疾患についても簡単に触れられています。知らない疾患名が出てきたら,その疾患に関する説明を第2 部で確認しながら読み進めていくとよいでしょう。
身体疾患や物質中毒が精神症状の原因となることはそう多くはありません(精神科救急の患者さんでも2 ~ 3% 程度でしょうか)。しかし,これらの原因を見逃さずに診断することはとても大切です。なぜなら,予後の見通しや治療選択が全く変わるからです。本書がそのような診断の助けとなることを願ってやみません。
最後に,初めてお会いしたにも関わらず,監訳をお引き受けいただき出版社とも交渉くださった松崎朝樹先生,行き届いた編集作業をご担当くださった株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナルの水野資子氏に厚くお礼を申し上げたいと思います。
2021 年6 月
宋 龍平
- 出版社 : メディカルサイエンスインターナショナル
- 発売日 : 2021/8/3
- 単行本 : 312ページ