Last Updated on 2023年4月28日 by 菅間 大樹
彼らが豊かな人生を送るために。「暮らす」をサポートするグループホーム。
今回ご紹介するのは神奈川県の海からほど近い住宅街にあるグループホーム「ル・ミストラル金沢文庫Ⅱ」。(以下 ル・ミストラル)
定員5名の小さなグループホームは、外から見ても中の様子も普通の一軒家。シェアハウスに近い環境の中、19~30歳の男性がそれぞれ自立した生活を送っています。
グループホームとは?
グループホームは障害のある人たちが共同生活を送る場所。 生活のフォローをする「世話人」と呼ばれる職員が配置されます。 一般企業への通勤や福祉事業所への通所など日中活動の場がある方たちの自立支援として制度化されています。
介助が必要な方のためのグループホームや、自立度の高い方向けにはアパート型もあります。 また、『サテライト型住居』という一人暮らしを目指す方のために制度があり、「ル・ミストラル」もサテライトを1つ運営しています。
将来、一人暮らしを目指しているメンバーの一人はグループホームの隣にあるアパートで自立した生活を送っています。個別に立てた支援計画に則り、世話人は生活技術の向上をサポートします。調理は基本的にはサテライトで行いますが、揚げ物をする時は本体ホームのキッチンで料理をすることもあるそうです。
障害のある人たちの自立と、家族の負担や親亡き後の生活を支える制度としても全国的に増えているグループホームですが、規模の大きな福祉法人が運営している所が多いとのこと。その理由は生活介護や福祉的就労とも呼ばれる就労継続支援事業所A型、B型に日中活動で通い、その法人が運営するグループホームで暮らす例が多いからだそうです。
福祉事業所に通う人に比べて、学校(特別支援学校)を卒業して一般就労した人は、福祉の制度を熟知した職員や支援者がまわりにいる環境ではないこともあり、 グループホームなど生活面を支援する福祉制度と離れてしまい、使えるサービスなどを知らないまま親元で暮らす人が少なくないそうです。
そうして一度も家族から離れて暮らす機会がないまま、40代、50代になって親の介護や親亡き後の問題に直面してしまうことも問題となっています。
自立した生活のためのグループホーム
「ル・ミストラル」に暮らすのは一般就労で働いている5名のメンバー。彼らの中には重度の自閉症のメンバーもいます。グループホームでは、食事の提供や片付け、洗濯など世話人が行う所が多いですが、ここでは「ほぼ一人暮らし」に近い生活を送っています。
自分が食べるものの買い出し、炊事、洗濯、掃除、入浴、就寝、起床などのスケジュール管理、休日の余暇の過ごし方まで世話人を頼ることなく、全て入居者が自分で決めて行います。「ル・ミストラル」ではできるだけ「支援しない」ことをモットーに、本人の可能性を信じ、生活する上で必要な「主体的に取り組む機会」を提供することを大切にして、自立支援をしています。
世間的には「一人暮らしは無理」と思われていた重度の知的障害のあるメンバーがこの「ル・ミストラル」で自立した生活を送っていることからも、その「可能性を信じる」支援が切り開いてきた新しい形を見ることができます。
教師からジョブコーチ、そして自立した生活のサポートへ。
このホームを運営するのは一般社団法人ル・ミストラル。代表理事の大橋恵子さんは元々体育教師がキャリアのスタートという経歴の持ち主です。中学校に勤務していた時、負傷により4か月間休職することになり、その後個別支援学級の教員として再出発します。
そこで出会った子供たちとの日々が大橋さんのその後の活動につながっていきます。
教員として21年の間、多くの生徒と出会い学び、この子たちの役に立ちたいと心から思うようになったといいます。 そんな大橋さんが教員の職を辞め、新たな道を選ぶ決意をすることになった出来事がありました。 進路選択の際、選抜制特別支援学校への進学の夢が叶わなかった生徒のご両親の言葉が、胸に突き刺さったのです。
「どうせこの子たちは我慢して生きていかなければならないのよ。」
子供の将来を心配し、不安に思い悲観する切実な思いがその言葉にはありました。
当時養護学校の高等部を卒業しても、企業に就労できる割合はわずか14%。学校を卒業しても選択できる進路は本当に少ないものでした。その出来事がきっかけで、「障害のある人の働く場が少ないのであれば、彼らの働く場所を作る」と決心し、教員を辞めたそうです。
それから株式会社高島屋に入社し、横浜高島屋で障害のある社員の雇用促進やチーム作り、職域の開拓や、社員への指導など何もないところからジョブコーチとして「障害のある人の働く場作り」に取り組みました。
そこで働く彼らの支援を続ける中で、就労がゴールではなく、働いてお金を稼ぐ目的を持つこと、彼らが「豊かな人生」を送るためには「生活の充実」が必要だと感じるようになりました。
働いたお金の使い道が好きな物を買うだけで終わってしまうのではなく、 一番お金のかかる「生活」があってこそ、より働く目的ややりがいを感じるのではないだろうか?
そう感じるようになった大橋さんは、2006年から10年以上勤務した高島屋を退社し、シェアハウスやグループホームを運営する法人「ル・ミストラル」を立ち上げます。働くための支援から、今度はその働く目的を持つこと=自立した生活をするきっかけを作るためのチャレンジでした。
2015年にシェアハウスの運営からスタートし、自立して一人暮らしを始めるメンバーも送り出しました。そして2018年3月にこのグループホームがオープンしました。
問題や疑問を感じた時、「ないならば作ってしまえ」と常に新しい道を開拓し続けてきた大橋さんが立ち上げたグループホーム。入居しているメンバーの生活を実際に見たいとの申し出に快く取材に応じてくれました。
ル・ミストラルの日常
今回取材したのは平日の夕方17時から20時前の時間帯。仕事を終えたメンバーが一人ずつ帰宅してきます。
最初に帰宅したのはホームから一番近い仕事場、スーパーマーケットに勤務するSさん。早速お部屋へ案内していただきました。
夕飯の支度
Sさんの今日の夕飯は豚ロースの味噌焼き。料理が得意なSさんはハヤシライスなどレパートリーも広いそうで、手際よく作っていきます。毎日野菜など栄養のバランスを考えて作っているそうで、この日も見事にバランスのとれた美味しそうなメニューです。
当然洗い物も自分でやります。一つのキッチンをメンバー皆で使うので、次に使う人のためにも調理が終わったらすぐに洗う、 共同生活からはそうした配慮も生まれていきます。
自立した生活がもたらすもの
続いて帰宅したのはRさん。重度の自閉症と知的障害がありますが、大橋さんがジョブコーチを務めていた百貨店で働いています。大橋さんとはその時からのご縁。 言葉はスムーズではありませんが、仕事熱心で誠実な人柄が評価され、やりがいを感じながら仕事に励んでいるそうです。
大橋さんがシェアハウスをスタートした時からのメンバーでもある彼。 ご両親は自炊、洗濯など全て一人で行う彼の生活を見て、「出来ないと思っていたのは自分達がその機会を与えていなかったからなのだ」と思うようになったといいます。 Rさんがよく口にする言葉「実家には戻らないよ」には、自立した生活に充実感を感じている彼の思いが表れているのかもしれません。
Rさんは休みの日はいつも15kmほどのウォーキングを楽しんでいるそうで、歩いた所を地図に記録して保管しています。 押し入れの中には彼の軌跡である地図が沢山積まれていました。仕事も暮らしも余暇も、自分の人生を存分に楽しんで暮らしている様子が伝わってきます。
アットホームな雰囲気
次に帰宅したのはKさん。三浦にある農園に勤務するKさんは毎朝6:15には家を出ます。農園の仕事が好きというKさんは、ホームのベランダでもプランターで野菜を育てていて、帰宅する時はプランターをチェック、ベランダから入ってくるのが日課です。この日もベランダから帰宅です。
ベランダで育てている唐辛子を収穫。おすそ分けをいただきました。ありがとうございます!
取材中の私達にミルで手挽きしたコーヒーを入れてくれたKさん。夕飯後の過ごし方はテレビで大好きな野球観戦をすること。この日も世話人のスタッフと野球の話で盛り上がっていました。
賑やかな会話が飛び交うリビングとキッチンでは、夕飯を作る人、食べる人、片付ける人が居合わせ時間を共有しています。このアットホームな雰囲気は一人暮らしでは味わえないものです。そして夕飯が終われば個室でゲームをしたりテレビを見たり、ゆっくりとプライベートな時間を過ごします。
体力が必要な農業に従事している若い男性らしく、この日の夕飯はチャーハン。ベランダで育てている自家製のネギを使ってあっという間に出来上がりです。
夜7時を過ぎる頃には帰宅したメンバーでキッチンも混み合ってきます。洗い物をする人、コンロを使う人、共同生活の配慮が生む絶妙な間合いで、それぞれが自炊している風景。自立しながらも他者への配慮が欠かせないグループホームならではの経験は、彼らにとってかけがえのないものになるのだろうと感じた光景です。
入浴を終えたRさんも夕飯の支度を始めます。手際よく、料理も早いというRさん。あっという間に支度が出来ました。
この日の夕飯は肉団子のスープをメインにしたもの。Rさんは誰にも教わることもなく、火の通りや味付けなど感覚で覚えていき、今では驚くほど手際よく作るようになったそうです。
大切なのはチャンスをつくること
メンバーは皆、実家を出る前は包丁も持ったことがなく、教えられることもありませんでしたが、必要に迫られることで料理を覚えていくそうです。大橋さんは、この「自分でやらなければ誰もやってくれない」という意識が彼らの成長するチャンスになっているのだといいます。
まず機会を作り、彼らが実際にやってみて出来ないことがあればそこを支援すれば良い。保護するのではなく、出来る限りやる機会を作ること、それこそが本来の自立支援だと大橋さんは考え、実践しています。
豊かな人生
「豊かな人生」それは大橋さんがずっと大事に掲げてきたキーワードです。教育、余暇、就労と障害のある人たちの人生の側面に向き合ってきた大橋さんが、今向き合うのは「生活」。色々な側面に関わってきた中で一番遅れているのが、充実した生活だと感じたからです。
大橋さんが彼らに願うのは「豊かな人生」を送ること。一人一人の「人生の質」は無限に広がっていて、それを「豊か」なものにするのは彼ら自身なのです。
「ル・ミストラル」の日常は穏やかでごく普通の生活風景に見えます。そこでは日々、一人一人の人生を生きる力が生まれています。彼らがそこで得るものは生きる力と同時に、その力を持てる自分に対する信頼、自信ではないでしょうか。
その自分への信頼と自信は更に大きな力となって彼らの人生を支えていくはずです。そして自信を持って豊かな人生を生きていく彼らが、この社会を豊かにしていきます。
彼らの力を信じて見守りながらも、力強く背中を押す大橋さんのような支援の形が広がることを願ってやみません。
【一般社団法人 ル・ミストラル】
“暮らす”をサポートするグループホームを運営
連絡先 045-353-7914
メール lemistral32125@outlook.com