Last Updated on 2024年10月10日 by 菅間 大樹

【グッドファーム大井】農業×福祉の野菜工場

「グッドファーム大井 」は、神奈川・足柄上郡大井町にある就労継続支援B型事業所です。障がい者支援のための「農業×福祉」の野菜工場として、2023年10月1日に開所されました。今回は、グッドファームの野菜工場と事業所を訪問し、株式会社グッドファーム代表の川田俊介さんにお話をうかがいました。

のどかな景色に建つ小さな野菜工場

グッドファームは、JR御殿場線「上大井駅」から自動車車で5分、小田急線「開成駅」から自動車で10分という立地にあります。小学校や住宅地と隣接する農地の一角に、「水耕栽培をおこなう生産施設(野菜工場)」と「作業や滞在を目的とする福祉施設」が併設されています。野菜工場と聞くと、大きな建物を想像する方も多いでしょう。ところが、グッドファームの野菜工場は、小さな平屋で一般的な住宅と変わりありません。隣にある2階建ての福祉施設の方が大きいくらいです。

その小さな野菜工場に入る際は、専用の靴・白衣・ヘアキャップ・マスク・手袋を身につけます。それから、エアシャワーが吹き付ける小部屋を経て、ようやく生産工場のドアが開きます。そうやって、水耕栽培をおこなう部屋には外からのほこりや雑菌を持ち込まないようにしているのです。

クリーンルームで作る清潔で安全な「水の野菜」

クリーンルームで作る清潔で安全な「水の野菜」

クリーンルーム内は野菜の栽培に適した温度に保たれており、いくつもの水耕栽培用の棚が整列していました。室内の灯りは最小限ですが、水耕栽培用の棚にはLEDがこうこうと光っています。このLEDが太陽光の代わりに光合成を促進し、植物の成長を助ける仕組みです。

土壌の代わりに養液(液体肥料)で育てる水耕栽培では、雑菌の繁殖を防げます。そのため、露地栽培よりも傷みにくいのが特徴です。また、あらゆる虫が入り込まない環境で作られているため、殺虫薬剤を使う必要もありません。収穫まで成長した作物は、洗わなくても安全に食べられます。

「フリルレタス」と「リボンレタス」

現在、グッドファームでは「フリルレタス」と「リボンレタス」という2種類のレタスを生産しています。種から芽が出るまでに約1週間、そこから育苗期間が約2週間、成長に合わせたサイズのパネルに植え替えながらひと月半ほどで収穫を迎えます。生産開始から半年以上が経過した現在では、毎日収穫し毎日種をまくというローテーションができあがっているそうです。水耕栽培の棚には、小さな新芽から鮮やかなグリーンの葉をしっかりと巻き収穫を待つばかりのものまで、たくさんのレタスが並んでいました。

収穫されたレタスは、「水の野菜」というブランドで地域の小売店や道の駅、レストランなどに出荷されています。通常、レストランなどでは、料理の品質を保つために使う分だけをこまめに入荷する方法が一般的です。しかし、「水の野菜」は鮮度が高く、冷蔵保存で1週間が経過しても、葉先や芯が茶色くなりません。シャキシャキとした歯ごたえを保ったまま、最後の1枚まで美味しくいただけます。そのため、レストランなどでもまとめて仕入れることができ、管理しやすいと重宝されているそうです。

それぞれに合ったペース配分で、ステップアップも目指せる環境

それぞれに合ったペース配分で、ステップアップも目指せる環境

現在の利用者は11名、毎日6~7名ほどの方が事業所に来て作業をしています。水耕栽培にはさまざまな工程があり、それぞれに違う作業が生まれます。例えば、種まきでは専用のスポンジに一粒ずつ種を植えるという細かい作業が必要です。また、成長に応じて植え替えた後は、空になったパネルを洗うという作業が発生します。また、野菜工場に併設された作業場にもさまざまな仕事が用意されており、利用者は自分に合った作業を自分のペースでおこなうことができます。

冷暖房完備で天候や季節に左右されないクリーンルームは、レタスだけでなく人にも快適な環境です。不確定要素が少なく、作業内容が安定していることで安心できる方も多いのではないでしょうか。

金属加工から野菜工場まで幅広い事業展開

農業法人株式会社グッドファームの代表・川田俊介さんは、有限会社川田製作所の代表取締役社長も務めています。川田製作所は、金属加工の会社です。大手の下請けとして加工部品を大量生産する金属加工業とは正反対ともいえる農業に取り組み始めたきっかけをたずねると、持続性のある植物工場に魅力を感じたからだと答えてくれました。

水耕栽培の植物工場は、2010年頃にブームになり一気に数を増やしましたが、その数年後には倒産のニュースが流れ始めています。しかし、川田さんは安易にブームに乗るのではなく、独自に勉強を重ね、植物工場を持続するための最善策を模索し続けました。2018年には川田製作所の社屋内に実験プラント「水の野菜Lab」を作り、その一方で土地の確保や農業法人の設立などに奔走します。そうして、ようやく植物工場の開設がかなったのです。

故郷で挑戦する価値のある「就労継続支援B型事業所」

植物工場を就労支援施設にしようと考えたきっかけは、川田製作所での障がい者雇用でした。川田製作所では、川田さんの父親である先代社長の頃から障がい者雇用を続けています。その勤勉な態度や労働意欲が、ほかの社員にも良い影響を与え合うことを知っているわけです。

そのため、グッドファームの設立は、計画当初から障がい者雇用を念頭に置いて進められてきました。就労継続支援B型事業所にした理由は、2つあります。1つめの理由は、グッドファームのある大井町にはB型事業所が1つもないからです。新たにB型事業所を設立することで、地域に貢献できると考えました。2つめの理由は、ここ大井町が川田さんの地元であり、だからこそ「チャレンジする価値のあるB型を作りたい」と思ったからだそうです。

穏やかに話す川田さんの言葉からは、故郷を大切に思う気持ち、故郷に恥じないような道を進むという決意が伝わってきました。

これからのグッドファームが目標とすることとは

開所からもうすぐ1年、事業としてはまだまだ成長を始めたばかりです。目下の目標は、利用者数を定員である20名まで増やすこと。現在、野菜工場の稼働率は70%程度ですが、利用者が増えれば100%稼動が見込めます。そうなれば、生産量が増え、販売収益も増え、利用者の工賃を上げるための見通しがつくでしょう。そのために、地域のイベントなどにも積極的に参加して、知名度を上げることも考えています。これが、「量的な目標」だと話してくれました。

そして「質的な目標」として掲げていることは、利用者のステップアップです。グッドファームでは、ここをきっかけに外出ができるようになった、新しい作業ができるようになった、楽しい時間を過ごせるようになったなど、その人なりのステップアップができることを目指しています。そして、やがては就労につながることを期待しているのです。

「グッドファームとしては、長くここで働いてくれることはありがたい。けれど、ステップアップして卒業できたなら、それはもっとうれしいこと」利用者ひとり一人に向かい合える事業所にしたい、ここからいろいろなことが広がっていってほしいと話す川田さんの目はやさしくほほえんでいました。

取材を終えて

今回の取材では、川田さんのほかに現場スタッフの高井さんにもお話を聞きました。好奇心のおもむくままに質問をぶつけてしまいましたが、明るい笑顔で丁寧に説明してくれて、純粋に水耕栽培への興味が湧きました。利用者の方との会話も楽しそうで、居心地の良い空間でした。取材の後は、リボンレタスとフリルレタスを1つずつ買いました。大ぶりのレタスだったので、毎日食べてもたっぷり1週間は楽しめました。その間、茶色くなったり萎びたりする部分がまったくなかったことに驚いています。工場で聞いたとおり、最後の1枚まで新鮮でした。

味もとてもおいしかったので、ぜひまたレタスを買いに行きたいです!

Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0773TRZ77