現場が求める「最小限」の機能とは

これまでの福祉現場では、支援者個人の経験や勘が利用者を支える重要な力となっていました。今回の研究では、それらを否定するのではなく、経験値に「見える根拠」と「再現性」を重ねることで、誰もが一定の質を保てる支援の未来を目指しています。ロボットは人に代わる存在ではなく、支援の質を支える「もう一つの目」として位置づけられています。

そこで本研究では、あえて機能を「最小限」に絞り込み、福祉現場が真に求める要素を形にした「本当に使えるロボット技術」の普及を目指しています。検証されている機能は、以下の3系統です。

  • うなずき可視化(相手の反応・会話の受け渡しに関わる非言語情報の取得)
  • 会話(面接練習や自己PR練習の相手となる対話)
  • バイタル測定(薬の開閉や扉の開閉など、日常の行動から状態を把握)

本当に必要な要素だけを統合・簡素化した3系統のソリューション

「現場に合わせて、シンプルに」——7年の研究が向かった先

本研究を主導する林助教は、約20年前からコミュニケーションロボット研究に取り組んでいます。林助教は、今回の実証実験について「技術的に『できる』ことは増えているのに導入が進まないのは、現場の運用や衛生、教育コスト、保守の現実まで含めた設計になっていないからだと思います。だからこそ、過度な機能追加ではなく、必要最小限で現場に適合することを優先しています」と語っています。

市販のコミュニケーションロボットの多くは、「高価で維持が難しい」「現場の衛生基準に合わない」「多機能すぎて操作が複雑」といった理由で、導入後に活用されなくなるケースが少なくありません。本研究では、現場での使い勝手を重視し、ロボットを複雑にしない設計方針が共有されています。さらに、「洗える・拭ける」といった福祉現場で必須となる衛生要件も重要なテーマとして扱われています。

NPO法人クオーレが果たす先駆的役割

NPO法人クオーレの松原氏(右)と豊橋技術科学大学の林助教(左)

福祉業界において、ロボット導入は「コストが高い」「操作が難しい」と敬遠されがちです。その中で、NPO法人クオーレが実証実験のパートナーとして参画することには、以下の大きな意義があります。

  1. 「開発パートナー」としての参画: NPO法人クオーレは、ロボットを単に導入するだけでなく、現場のニーズを技術者にフィードバックし、共に仕様を作り上げる「共創パートナー」として役割を担っています。これにより、研究室レベルでは気づきにくい「衛生面(拭き取りやすさ)」や「長期保守の重要性」が設計に反映されています。
  2. 就労支援における「心理的ハードル」の解消: 障害のある方々にとって、対人での面接練習は大きな緊張を伴います。NPO法人クオーレは「まずロボット相手に練習する」という段階を設けることで、利用者の心理的安全性を確保し、スムーズな社会進出を支援する新しい就労支援モデルを構築しています。
  3. 地域発「産学官連携」の先駆的モデル: 豊橋技術科学大学の技術を、地元のNPO法人が社会実装し、愛知県が支援するこの「豊橋モデル」は、全国の人手不足に悩む福祉施設の希望となる先駆的事例となることでしょう。

このように本研究は、単なる技術検証に留まらず、NPO法人という「現場の最前線」が主導となり、大学(研究機関)との協働により進められています。行政(愛知県)との情報共有を通じて、「本当に現場で定着する福祉ロボットのあり方」を地域、ひいては全国に先駆けて提示することを目指しています。

現場の課題から逆算した「3系統の引き算設計」

現場の課題から逆算した3系統の引き算設計の概要

1. 会話ロボット「HUSK T(ハスクティー)」:面接練習の相手として、対人不安をやわらげる

会話ロボットは、就労支援施設での面接練習(自己PR・受け答え練習)を主な用途に設計されています。対人で緊張しやすい利用者にとって、いきなり人相手の面接練習は心理的ハードルが高い場合があります。そこで「まずロボット相手に練習する」段階を設けることで、負担を軽減しながら練習を重ねられる可能性があります。

本機には以下の特徴があります。

  • 対話を通じた面接練習用途
  • 目の開閉によるターンテイキング(話す・聞くの切り替え)支援
  • 1分30秒スピーチの評価機能(継続改善中)

名称「HUSK T」は、日本の古語で“力強い目”を表す「赤酸漿(ほおずき)」を英語名(Husk Tomato)に置き換えたものに由来します。

2. うなずき可視化:反応を“見える化”して、練習に活かす

人の会話では、言葉だけでなく、うなずきや視線といった非言語情報がコミュニケーションを支えています。しかし、音声認識だけで会話の切れ目を正確に捉えるのは難しく、実際の会話の「受け渡し」は視線や相づちで成り立っている部分が大きいと言われます。

そこで本研究では、頭部の上下動をセンサーで計測し、うなずき回数や動作量を可視化する仕組みを試作しました。

  • 加速度+磁気センサーを統合した小型デバイス
  • 頭部の上下動や動作量を計測し、うなずきをカウント
  • 「1オフ=1カウント」(連続したうなずきも1カウント扱い)
  • 閾値・評価基準は現場が設定(平均把握後に適用)

“相手が反応してくれているか”が見えづらい状況でも、データとして把握できることで、練習や支援の質を高める狙いがあります。

3. バイタル測定・見守り:薬の開閉や扉の開閉を“現場負担なく”検知

うなずき可視化システムを応用する形で、日常動作の検知による見守りが可能に。バイタル測定といっても、重装備な医療機器ではなく、薬ケースや扉の開閉といった“現場で起きる重要な行動”を確実に拾うことを狙っています。

  • 薬ケースの開閉回数で服薬状況を把握(開いていない=未服薬の可能性)
  • 深夜の不審な扉の開閉を検知
  • 小型センサーで利用者の負担を抑える

“高価で多機能な見守り”ではなく、運用が回る形での実装を志向しています。

「長期保守」が普及の壁に——現場とメーカーの時間軸ギャップ

福祉現場では、導入機器に対して「10年、できれば20年使いたい」という要望が強くあります。一方で、制御基板やAI関連の機器はモデル更新が早く、旧型のサポートが限定的になることも珍しくありません。林助教はこの点を、普及における現実的な課題として挙げています。

「福祉現場は長期保守が前提。でも部品供給や修理体制は短期更新の思想が強い。ここにギャップがある限り、いくら性能が高くても現場は導入しにくい」

本研究では、耐久性や供給継続性の観点から部品選定も行い、現場での長期運用を見据えた検証が進められています。

導入成功のカギは「現場起点」と「コーディネーター」

ロボット導入は、施設長や経営層の判断だけで進めても、現場が回らなければ定着しません。本プロジェクトでは、トップダウンではなく、現場担当者の協力と実機試用(POC)を重視しています。

加えて、現場と技術者の間に立って仕様を整理し、課題を切り分ける“橋渡し役”として、コーディネーターの存在が重要である点も共有されました。分野ごとの専門性を持つコーディネーター育成は、普及のボトルネック解消につながる可能性があります。

現場テストの実施:実利用者の動線に合わせた「リアル」な検証

大葉の仕分け作業中にうなずきを測定する現場テストの様子

今回の現場テストでは、実際の利用者が活動する時間帯(9:30〜15:30)に合わせ検証が行われました。利用者が大葉の仕分け作業を行っている際、作業空間にデバイスを設置し、頭部の上下動(うなずき)を測定。

検証の狙いは、作業中のうなずき回数や動作量を可視化することで、利用者の集中度やリズム、スタッフとのコミュニケーションの質を客観的に把握できるかを確認することでした。

結果として、「1動作=1カウント」という独自のアルゴリズムにより、連続した動きの中でも正確にうなずきを捉えることに成功しました。現場スタッフが独自の評価基準(閾値)を設定し、データに基づいた的確なフィードバックを行える手応えが得られています。

今後の展望:さらなる「現場の知恵」を求めて

現場テストの結果を踏まえ、本研究は社会実装の第2フェーズへと移行します。現在、就労支援施設だけでなく、高齢者施設、教育現場、あるいは対話による販促を行うキッチンカーなど、本システムを試用できる現場を広く募集しています。「トップダウンの導入」ではなく、現場の担当者が実際に使ってみて課題を抽出する「POC(概念実証)」を重視しています。

本件に関するお問い合わせや取材のお申し込みは、以下までご連絡ください。

特定非営利活動法人クオーレのロゴ

NPO法人クオーレ
担当:松原
公式HP:https://npo-cuore.com/
お問い合わせ:info@npo-cuore.com


≪PR【carecollabo】ご利用者にかかわる記録を集約・共有≫

findgood

Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0773TRZ77