障害福祉の課題「制度未接続」とは?なぜ支援が届かないのか

「制度未接続」とは、介護・障害・医療・福祉といった複数の領域にまたがる多様な制度があるにもかかわらず、その情報が本当に必要としている人々に届かず、結果として支援から孤立してしまう状態を指します。医療保険、介護保険、障害福祉サービス、自治体独自の施策、年金、税控除など、利用できる制度は多岐にわたりますが、これらは縦割りで分散しているため、当事者やその家族が自分に該当する制度を網羅的に把握することは極めて困難です。

株式会社想ひ人の金子萌代表は、17歳から父親の若年性レビー小体型認知症の介護を続けてきた経験から、「制度はあるのに、必要な人に届いていない」という構造的な問題に直面してきました。知らなかったために利用できなかった支援、申請しなかった制度、たどり着けなかった窓口の積み重ねが、「制度未接続」を生み出し、当事者をさらに社会から孤立させる要因となっています。

支援を最も必要としている人ほど、相談する余裕がなかったり、相談先が分からなかったり、相談自体に心理的な負担を感じたりして、自ら窓口にたどり着けない現実もあります。行政側もこの課題を認識し、相談のデジタル化(DX)を進めようとしていますが、具体的にどのような技術を、誰に、どのように組み合わせれば効果的なのかについては、実証データが不足しているのが現状です。

AIと人のハイブリッド支援研究

トヨタ財団が注目!AIと人のハイブリッド支援が拓く新しい福祉の形

このような「制度未接続」の構造的課題に対し、株式会社想ひ人の研究プロジェクトが、公益財団法人トヨタ財団の2025年度特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」に採択されました。助成金額800万円、3年間の研究期間(2026年5月〜2029年4月)を経て、福祉の現場に新たな光を当てることを目指します。

この研究の核となるのは、先端的AIによる利用可能制度の網羅的な抽出・提示と、人による伴走支援を組み合わせた「ハイブリッド型支援モデル」です。AI相談、有人SNS相談、既存窓口という3つの支援チャネルの有効性と限界を中立的に比較検証し、行政の相談DXにおける設計原則(AIと人の役割分担)を提言します。さらに、AI導入による住民の自己決定や行政の責任の曖昧化といった規範的・制度的含意も整理し、政策提言や自治体向けのガイドラインとして広く社会に公開される予定です。

公益財団法人トヨタ財団は、1974年に設立された民間助成団体で、デジタル技術の急速な進展を背景に、現場でのデジタルトランスフォーメーション(DX)を捉え、法制度の遅れや倫理的問題など、デジタル技術を取り巻く諸課題に対応する研究プロジェクトを助成しています。

参考リンク:
公益財団法人トヨタ財団「先端技術と共創する新たな人間社会」

研究が目指す「制度接続」の可視化とAI・人の最適な役割分担

本研究は、具体的な問いを通じて「制度未接続」の解消を目指します。

制度接続プロセスの「脱落ポイント」を特定

AIによる利用可能制度の抽出精度がどの程度実現可能かを、社会福祉士などの専門職による判定と比較検証します。さらに、「制度の存在を知る」から「実際に制度利用に至る」までの一連のプロセスにおいて、当事者がどの段階で支援から脱落するのかを可視化。AI相談、有人SNS相談、既存窓口という3つのチャネルが、どの脱落段階の解消に寄与し、どの段階で限界があるのかを中立的に比較検証します。これにより、AIが優位性を発揮しうる領域(制度の抽出・翻訳、書類下書き補助など)と、人による対応が不可欠な領域(共感・傾聴、意思決定の伴走、機関間調整など)をデータに基づいて明確に切り分けます。

ユーザー類型に応じたAIナビゲーションの有効性

家族ケアラー(介護家族など)と支援者(地域包括支援センター職員、ケアマネジャーなど)では、必要とする情報の粒度や提示方法が異なります。それぞれのユーザー類型に対し、AIによる制度ナビゲーションがどの程度有効か、また必要なインターフェース設計がどう異なるかを検証することで、よりパーソナライズされた支援の実現を目指します。

AI導入がもたらす規範的・制度的含意の考察

AIによる行政相談の自動化が進む中で、住民の自己決定への影響、行政の責任の所在の曖昧化、公平性・信頼性といった規範的な論点も整理します。これにより、政策提言とガバナンス・ガイドラインが示され、AI技術が社会に適切に導入されるための道筋が示されるでしょう。

堺市での実証経験を活かし、地域包括支援センターとも連携

株式会社想ひ人は、2025年度に大阪府堺市の「公民連携実証プロジェクト推進事業」に採択され、孤独・孤立対策のための多チャネル相談支援基盤の実証を行いました。この堺市での「LINE公式アカウントを起点とした、AIによる窓口案内・福祉特化AIによる自動相談・福祉専門相談員による有人相談」という実証知見が、本研究の厳密な科学的検証手法と複数自治体での比較検証へと発展しています。

本研究の独自性は、住民側データと支援者側データ(地域包括支援センターなど)を組み合わせて分析する点にあります。住民が「どのような課題を持ち」「どの段階で」「どのチャネルから」支援につながれるのか/つながれないのかを科学的に検証することで、「制度未接続」の発生段階と、それを解消しうる介入策を、両面から可視化することを目指します。

株式会社想ひ人とは?「ケアのある人生を 愛せる社会を」

株式会社想ひ人は、2022年6月に創業した、介護・医療・福祉領域のスタートアップ企業です。「ケアのある人生を 愛せる社会を」をビジョンに掲げ、老いや病気、障害、介護で人生が壊れない仕組みを作ることをミッションとしています。AIと24年の現場知見を活かし、家族、介護現場、自治体、企業の4つの現場に、必要な支援と仕組みを届ける、「ケアする人を、ケアする」会社です。

代表取締役の金子萌氏は、東京大学を卒業後、アクセンチュア、P&Gを経て株式会社想ひ人を創業しました。17歳からの父親の介護経験を持つ元ヤングケアラーであり、現ダブルケアラーでもある金子氏の当事者としての視点が、現場に実装可能な研究と政策提言につながる学術的検証の双方を志向する原動力となっています。

本研究で得られた成果は、株式会社想ひ人の営利サービスの開発・販売には充当されず、匿名化された集計結果のみを分析対象とします。そして、政策提言、自治体向け導入ガイドライン、論文などの形で広く社会に公開・還元される方針です。これにより、障害福祉分野全体の発展に貢献することが期待されます。

関連リンク:

今回のトヨタ財団による研究採択は、障害福祉分野における長年の課題解決に向けた大きな一歩となるでしょう。AIと人の力が連携することで、これまで支援から取り残されてきた方々が、よりスムーズに必要な制度につながれる未来が訪れるかもしれません。今後の研究成果と、それが社会にもたらす変革に注目していきましょう。

 

Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
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