【内容情報】(出版社より)

退職の日の甘い夢

平成22年3月末日、私は37年間勤めていた広島市立中央図書館を定年退職した。待ちに待った日、これからは商品や事業を企画することによって得た利益で、低所得家庭のこども達のための塾をつくるのだと、甘すぎる夢に酔っていた。重度障がい者の娘、敦子については、いずれは施設に入所することになるだろう。それが自然な流れなのではあるまいか。そんな思いも頭をよぎった。

退職辞令交付式は国際会議場。壇上にずらりと居並ぶ人達の中で、見慣れた市長と兄の副市長、二人の顔だけが目に付いた。いきなり斜め後ろの女性が中腰になり、「得本さーん」抑えた声で呼んでいた。
「Nよ。同期だったんやね。」
こども療育センターの看護師さんだ。
「あっちゃんはどうしてるの?」と、続けた。
敦子はまだ家にいて、デイサービスに通っていると答えると
「まあ! あんまり頑張らんのよ」と目を丸くした。
その言葉には、驚きと労わりが込められていた。
敦子の特別支援学校の同級生の七人のうち、二人はなくなり、四人は施設に入っている。 重度障がいのある敦子だけが在宅で、その両親の私達も障がい者。彼女の言葉は当然のものとも言える。

入所させるのは嫌だから、ガラリと変わった目標

現在の私は目標をガラリと変更させ、在宅の重度障がい者が地域で輝いて暮らせる方策を模索する一歩として、NPO法人設立の準備に追われている。
昨年の5月には施設から「入所しないか」と連絡があった。入所希望を出してから4年近く経っている。「施設に入れるためにこの子を大きくしたのではない。近くにいて、この子がそれなりの人生を輝いて生きる姿を見ていたい。敦子のような人達の生活の質を向上するために歩んでいくのが、私の務めではないか」そんな思いが沸いてきた。
「今回は見合わせる」と応えた。これで、あと数年間は施設に入る機会が巡ってこないに違いない。

明かさなかった生い立ちや悩み

これまでの私は、自分の生い立ちを他人に話したり、文章にしたり、困っていることや悩んでいることを誰かに訴えたり、相談したりすることは、あまりなかった。なぜなのだろう? 第一の理由は脳性まひの方が身近におられなかったことにある。
大学卒業までを振り返ってみても、障がいを持たれた方として思い出すことができるのは、たった三人だけ。小学一年の一学期を共に過ごしたKさん、中学三年生の同級生だったMさん。このお二人は程度の差はあるが、知的障がいを持っていた。残るお一人は、大学時代の英文学の助教授(当時)の先生。片足に軽い障がいがあり、いつも上品な明るい色目のスーツを着て、構内をゆっくりと歩いておられた。
ちなみに、この三人は全員が女性であり、不思議にも、後に展開する私の生活史の一こまに小さからぬ意味を持つ人物として登場するのである。私が自分のことに関して寡黙であった他の理由も、折に触れて書いていきたい。

  • 発売日 : 2021/4/23
  • オンデマンド (ペーパーバック) : 182ページ
  • 出版社 : NextPublishing Authors Press
  • 言語 : 日本語

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Written by

今井 靖之

findgood編集者、ライター。

大手電機メーカーで半導体電子部品のフィールドアプリケーションエンジニア、インターネットサービスプロバイダのプロモーションやマーケティングに従事。以後フリー。

身内に極めて珍しい指定難病者を抱える。

神奈川県川崎市在住。サブカルヲタク。「犬派?猫派?」と聞かれたらネコ派、猫同居中。