難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)は、初期段階での確定診断が難しい疾患の一つとされています。本記事では、徳島大学の研究グループが発表した新たな針筋電図検査の手法「顎二腹筋前腹(ABDM)」への着目について解説します。従来検査の課題であった痛みやノイズを軽減し、早期診断につながる期待や障害福祉視点での支援の重要性を紹介します。


この記事で分かること

  • ALS(筋萎縮性側索硬化症)の概要と早期診断における課題
  • 徳島大学が立証した新たな針筋電図検査ターゲット「顎二腹筋前腹(ABDM)」の特徴
  • 従来の対象筋(オトガイ舌筋)との精度や患者負担(痛み)の比較結果
  • 早期確定診断が患者さんやご家族の障害福祉支援・QOL向上にもたらす期待

ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは?早期診断が求められる背景と障害福祉での重要性

ALSの基本的な症状と進行の特徴

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、全身の運動神経が進行性に障害されることで、手足の筋力低下、構音障害(話しにくさ)、嚥下障害(飲み込みにくさ)、呼吸障害などを引き起こす指定難病です。現時点では根本的な治療法が確立されておらず、症状の進行に応じた適切な医療的ケアや障害福祉サービスの導入が不可欠とされています。

なぜALSの早期確定診断は難しいのか?(診断基準と脳幹領域の壁)

ALSの確実な診断には、国際的な診断基準(Awaji基準やGold Coast基準など)に基づき、「脳幹」「頸髄」「胸髄」「腰仙髄」といった複数の領域で筋肉の電気的な異常(運動神経の脱神経変化)を証明することが求められます。

しかし、脳幹領域(のどや口まわりの症状に関与する部位)の検査は技術的に困難であることが知られていました。診断が確定しない期間が長引くほど、必要な福祉支援や医療的ケアの開始が遅れる原因となるため、安全かつ高感度な検査手法の確立が強く望まれていました。


徳島大学が立証!新たな針筋電図検査ターゲット「顎二腹筋前腹(ABDM)」とは

従来の「オトガイ舌筋」検査における課題(痛みと完全安静の難しさ)

従来、脳幹領域の評価には舌を構成する「オトガイ舌筋(舌筋)」が標準的な検査対象とされてきました。しかし、舌筋への穿刺(針を刺すこと)は強い痛みを伴い、患者さんが意識的に力を完全に抜く(完全安静を保つ)ことが困難という課題がありました。

完全安静が得られないと、運動神経の初期障害を示す重要指標である「線維束性収縮電位(FP)」などの異常波形にノイズが混ざり、正確な診断が妨げられてしまう傾向がありました。

顎二腹筋前腹(ABDM)がもたらす3つの革新的なメリット

徳島大学病院脳神経内科の福本竜也特任助教、和泉唯信教授らの研究グループは、あごの下の表層に存在する筋肉「顎二腹筋前腹(ABDM:Anterior Belly of Digastric Muscle)」に着目しました。ABDMには以下の特徴とメリットがあるとされています。

  1. 三叉神経支配の純粋な脳幹領域筋:脳幹領域の運動神経障害を正確に反映しやすい環境にあります。
  2. 体表から浅い位置(約10mm以内)にある:触診や針の穿刺が非常に容易で、痛みが少ないとされています。
  3. 力が抜けやすい:舌筋に比べて患者さんがリラックスしやすく、検査に必要な安静状態を維持しやすい環境が整っています。

臨床研究で示された画期的な成果:検出感度と患者負担の軽減

徳島大学の研究グループは、ALSと確定診断された27名の患者さんを対象に、ABDMと従来筋(オトガイ舌筋、咬筋、僧帽筋)の比較検証を実施しました。研究成果は、国際専門誌『Muscle & Nerve』に掲載されています。

評価項目従来の対象筋(オトガイ舌筋)新たな対象筋(顎二腹筋前腹:ABDM)
完全安静の獲得割合7%85%
線維束性収縮電位(FP)の検出率0%52%
検査時の疼痛(痛み)強い不快感・痛みあり最も痛みが少なく負担軽減

早期発見の鍵「線維束性収縮電位(FP)」の検出率が大幅向上

正確な判定に必要な「完全安静」の達成割合は、舌筋の7%に対し、ABDMでは85%と飛躍的に向上しました。その結果、早期病変の指標である「線維束性収縮電位(FP)」の検出率は、舌筋の0%に対してABDMでは52%に達したことが示されています。

初診時診断の精度向上と痛みの軽減

今回の臨床研究では、従来の検査のみでは診断基準を満たさなかったALS患者さん(全体の11%にあたる3名)において、ABDMの検査を追加したことで初診時に診断基準を充足できたと報告されています。

痛みが少なく精度の高い検査手法が普及することで、早期の治療介入や福祉サービスの準備へのスムーズな移行につながる直接的なメリットが期待されています。


専門用語の分かりやすい解説まとめ

  • ALS(筋萎縮性側索硬化症):全身の運動神経が侵され、筋肉が徐々に痩せて力が入らなくなる指定難病です。
  • 針筋電図検査:極めて細い針電極を筋肉に刺し、運動神経の障害に伴う電気信号(異常波形)を調べる精密検査です。
  • 線維束性収縮電位(FP):障害を受けつつある運動神経が不随意に活動する際に生じる電気活動で、ALS早期診断の重要な手がかりとなります。
  • 顎二腹筋前腹(ABDM):あごの下の表層(皮膚から10mm以内)に位置する筋肉で、口を開けたり飲み込んだりする際に機能します。

【Q&A】

Q1. 今回発表された「顎二腹筋前腹(ABDM)」の検査は、全国の病院ですぐに受けられますか?

A1. 本研究は徳島大学病院での前向き観察研究として成果が立証された段階です。今後、学会や医学誌を通じて臨床現場への周知が進むことで、将来的に全国の脳神経内科等で標準的な選択肢として広がっていくことが期待されています。

Q2. 針筋電図検査を受ける際、痛みや体への負担が心配です。

A2. 針筋電図検査は筋肉に細い針を刺すため、少なからず不快感や痛みを伴う場合があります。しかし、今回研究された「顎二腹筋前腹(ABDM)」は皮膚から浅い位置にあるため、従来の舌への検査と比較して痛みが非常に少なく、負担が大幅に軽減されたと報告されています。

Q3. ALSの早期確定診断ができると、障害福祉の観点ではどのようなメリットがありますか?

A3. ALSの確定診断が早期になされることで、病気の進行に応じた補装具(意思伝達装置や車椅子など)の選定、障害福祉サービス(居宅介護や重度訪問介護など)の申請手続、難病医療費助成の受け取りなどを速やかに進めることが可能になります。これにより、患者さんとご家族の生活基盤を早めに整えられるという大きなメリットがあります。


まとめ:障害福祉と医療の連携で目指すALS早期診断・早期ケアの未来

徳島大学による今回の研究成果は、診断が難しく時間がかかりがちであったALSにおいて、「痛みが少なく、高精度な早期診断」を実現する画期的な一歩であると評価されています。

医療技術の進歩によって早期確定診断が可能になれば、医療的な治療介入だけでなく、障害福祉分野における各種支援体制の構築も迅速化します。今後も最新の医療知見と障害福祉サービスの連携がさらに深まり、患者さんやご家族が安心して過ごせる環境づくりが進むことが期待されます。


Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0773TRZ77