障害福祉の視点から考える「DEI防災」の重要性

大規模な商業施設や複合施設において、災害発生時に「誰も取り残さない」ための対策は、現代社会でますますその重要性を増しています。特に、障害福祉の視点を取り入れた防災対策、すなわち「DEI(Diversity, Equity, Inclusion)防災」は、多様な人々が安全に避難し、生活できる環境を整備するために不可欠です。

2026年9月1日、年間3,000万人以上が訪れる大型複合施設「サンシャインシティ」では、このDEIの視点を取り入れた防災研修が実施されました。この研修は、公益財団法人日本財団パラスポーツサポートセンター(以下、パラサポ)が提供するDEI研修「あすチャレ!Academy 防災編」のプログラムを活用したものです。

パラアスリートが講師を務める実践型防災研修

今回の研修では、小学生の時に阪神・淡路大震災を経験したパラパワーリフティングの現役選手で車いすユーザーの山本恵理氏が講師を務めました。サンシャインシティの水族館や展望台、案内所など、各施設で来街者を案内するスタッフやグループ社員ら27人が受講し、「発災から100時間」までのシナリオをシミュレーションするグループワークが行われました。

参加者の声:現場で気づく「誰も取り残さない」ための課題

研修に参加したスタッフからは、日頃の業務では気づきにくい具体的な課題や改善点についての声が上がりました。

株式会社サンシャインエンタプライズ スカイゲストコミュニケーション部 近野さん

近野さんのグループは、発災から100時間をオフィスで過ごすことを想定し、「排泄に関すること」をテーマに議論しました。研修会場のトイレを実際に見学しながら課題を洗い出し、「慣れていない場所で被災すると、優先トイレを見つけるところから始まる」といった点に気づいたと発表しました。

「展望台にも優先トイレはありますが、1つあるだけで満足してはいけないのだと思いました。(一般の)個室のトイレも使えるようにサポートだったり、何か工夫をすることを考えなければいけないと感じました」と近野さんは語っています。

 

株式会社アール・エス・シー サンシャインシティ オフィスサービス チーフ 玉田さん

玉田さんのグループは、「歩行や自力での移動ができない」ことをテーマに、オフィスでの避難生活を想定して話し合いました。年に2回実施している避難訓練のマニュアルだけでは、すべての人に情報が届くわけではないという課題を再認識したといいます。

「どういったお声がけが本当に必要なのかということや、車いすを利用されている方や目の不自由な方などを実際にご案内できるかということを今回改めて(自分の職場での)課題にいたしました」と玉田さんは述べました。また、備蓄品の保管場所の把握も重要であるとの気づきも得られたとのことです。

研修ご担当者の声:DEI視点導入の背景と今後の展望

株式会社サンシャインシティ コミュニケーション部 チーフリーダー CXチーム 久保木さん

久保木さんは、DEI研修「あすチャレ!Academy 防災編」を導入した理由として、これまでの車いすや視覚・聴覚障害に関する合理的配慮研修に加え、さらに業務に落とし込みやすい異なる視点の研修を探していたことを挙げました。

研修の評価については、「参加者が、興味を示して受けている感じがとてもしました。ただ聞いているだけではなく、自分たちの業務で考えやすいことだったり、結びつきやすい内容なのだと思います」と語っています。また、障害のある方だけでなく、妊婦の方や高齢者、インバウンド(訪日外国人)など、多様な人々への対応を学ぶきっかけにもなったと評価しています。

今後の展望として、研修で得た学びを参加者だけでなく現場全体に広め、平時からのルール作りや備蓄品の確認、そして訓練への取り入れを進めていきたいと述べています。

講師の声:すべての人に「生き残る選択肢」を

日本財団パラスポーツサポートセンター DEIプログラム推進部ディレクター 山本恵理氏

山本恵理氏は、1995年の阪神・淡路大震災での被災経験を持つ当事者として、研修を通じて伝えたいことを語りました。近年頻発する災害や水害のニュースに触れ、「(車いすユーザーの)自分が直面したらどうやって逃げるんだろうと途方に暮れることがあります」と正直な思いを明かしています。

「私一人の頭では全然考えられないところを、今日のサンシャインシティさんのように、企業さんが研修で取り組んでいただくことによって『仲間が増えた』と思います。自分が災害にあった時も、同じ方向を向いて考えてくれる人がいるんだ、と」と、企業がDEI防災に取り組む意義を強調しました。そして、「生き残る選択肢をすべての人に」という目標のもと、障害のある人も一緒に考えられる防災を社会へ伝えていきたいと語っています。

「あすチャレ!Academy 防災編」:学術と現場の知見を融合した実践型研修

「あすチャレ!Academy」は、パラサポが提供する企業・団体・自治体・大学向けのDEI研修プログラムです。パラアスリートを講師に迎え、参加者とのワークショップを通じて、障害当事者のリアルな声や視点から新たな気づきを得ることを目的としています。2016年10月にスタートし、全国で3万人以上が参加している実績があります。

2025年9月にスタートした「防災編」は、同志社大学の立木茂雄名誉教授と、被災経験を持つ現役パラアスリートが共同開発したプログラムです。ハザードや災害、障害についての理解を深めながら、「生き残る選択肢をすべての人に」という視点で、すべての人がつながり支え合う防災のあり方を共に考えていきます。

あすチャレ!Academyの詳細はこちらからご確認ください。

「SOCIAL CHANGE with SPORTS」を目指すパラサポの取り組み

今回の研修プログラムを提供したパラサポは、「SOCIAL CHANGE with SPORTS」をスローガンに掲げ、誰もが活躍できるDEI社会の実現を目指し、スポーツを通じて社会を変えていく活動を行っています。2016年4月にスタートした「あすチャレ!」は、小・中・高・特別支援学校向けの教育プログラムと企業・団体・自治体・大学向けの研修プログラム、計5つのプログラムを展開しています。

「あすチャレ!」が提供する様々なプログラムを紹介する画像

主な教育プログラムは以下の通りです。

これらの活動を通じて、2025年度末までの10年間で累計開催回数は6,470回、参加人数は66万人を超えており、社会全体でDEIへの理解と実践を促進しています。

パラサポ公式サイトでは、これらの活動に関する詳しい情報が掲載されています。

パラサポ公式サイト

広々としたモダンなオフィス空間

日本財団パラアリーナが写っており、手前にはパームツリーや緑豊かな植栽が見られます

まとめ:障害福祉と防災の連携でより安全な社会へ

サンシャインシティで実施されたDEI防災研修は、大型複合施設における災害対策の新たな可能性を示しています。障害当事者の視点を取り入れ、現場のスタッフが具体的な課題を認識し、解決策を考えるプロセスは、まさに「誰も取り残さない」社会の実現に向けた一歩と言えるでしょう。

障害福祉に関わる人々にとって、このような企業や自治体の取り組みは、今後の防災計画を考える上で貴重な示唆を与えてくれるはずです。私たち一人ひとりが多様な視点を持つことで、より安全でインクルーシブな社会を築くことができるでしょう。

Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0773TRZ77