世界ALSデーに発表された「ALS患者の在宅支援に関する実態調査」
2026年6月10日、ユースタイルラボラトリー株式会社は、難病専門誌『難病と在宅ケア』と共同で「ALS患者の在宅支援に関する実態調査アンケート」の結果を発表しました。この調査は、6月21日の「世界ALSデー」に先駆けて厚生労働省で発表されたものです。
ALS患者の在宅生活を支えるには、24時間365日の継続的な支援が不可欠です。しかし、実際の支援現場では情報や支援が不十分であるといった声も聞かれ、在宅支援における具体的な困難や課題が十分に可視化されていない現状がありました。この調査は、ALS患者の在宅環境の抜本的な向上を後押しすることを目的に、課題の可視化と社会への提言を通じて、ALS患者がより良い在宅生活を送れる環境を目指しています。ユースタイルラボラトリー株式会社によると、今回の調査はALS支援に関わる「全当事者」の視点から在宅支援の課題を抽出する初めての全国調査であり、国内最大規模であるとされています。


ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは?
ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、筋肉を動かす神経(運動ニューロン)が徐々に変性し、全身の筋力低下と萎縮が進行する進行性の難病です。意識や感覚、知力は保たれる一方で、手足の動き、会話、呼吸の機能が徐々に失われていきます。日本国内の患者数は約1万人と推定されており、進行に伴い痰の吸引や経管栄養といった医療的ケアを含む24時間の介護が必要となります。
調査の規模と対象者
今回の調査は、全国42都道府県から総計486名(ALS患者を介護するご家族136名、ソーシャルワーカー66名、医療介護職284名)が回答しました。これは、ALS患者の介護に関わるご家族、相談支援専門員やケアマネジャーなどのソーシャルワーカー、重度訪問介護士や訪問看護師などの医療介護職という3つの異なる視点から、在宅支援の課題を抽出することを目的としています。

ALS患者を支える家族の現実:長期介護の負担と意思疎通の課題
ALS患者を介護するご家族への調査では、長期にわたる介護の実態と、その中で直面する深刻な課題が浮き彫りになりました。回答者の半数以上が3年から10年未満の介護経験を持ち、10年以上の介護経験者も含めると、多くのご家族が長期間にわたりケアを続けていることがわかります。
長期化する介護の実態と自宅介護への希望
「生涯自宅での介護を希望する」と回答したご家族は全体の約61%に上り、住み慣れた家での生活をいかに大切に考えているかが伺えます。その理由としては、「本人が希望しているから」「施設や病院では決まった担当者がマンツーマンで介護することができず本人が不便だから」「できるだけ長く一緒にいたいから」といった声が挙げられました。一方で、「わからない」と回答したご家族からは「自身が介護を継続できなくなる可能性」への不安が示されており、長期的な介護におけるご家族自身の負担も大きな課題となっています。

「コミュニケーションの壁」の深刻さ
ご家族が最も課題だと感じていることの1位は「本人との意思疎通が困難」でした。ALSは病状の進行に伴い、発声や表情、さらには眼球運動までが失われていくため、ご家族は一度コミュニケーションの手法を確立しても、病状の進行によって再び意思疎通が困難になるという状況を、何年にもわたって繰り返し経験していると推測されます。この「コミュニケーションの壁」こそが、長期介護の中でも慣れることのないご家族の苦悩と言えるでしょう。

身体的・精神的負担とQOLの低下
他にも、「利用できる社会資源・福祉サービスの情報不足」や「治療情報および治療薬・治験・緩和ケアの不足」が上位に挙げられました。さらに、複数選択形式の質問では「介護による肉体的負担」が2位、「介護と家庭の両立課題」が4位となり、ご家族自身のQOL(生活の質)が低下している現状も明らかになりました。

ソーシャルワーカーの視点:情報不足と制度の複雑さが生む支援の困難
ソーシャルワーカーへの調査では、ご家族とは異なる、しかし密接に関連する課題が浮上しました。それは、「経験・情報・社会資源のすべてが不足している」という現実です。
社会資源・福祉サービスの情報不足と地域資源の不足
最も課題だと感じていることの1位は「利用できる社会資源・福祉サービスの情報不足」でした。また、複数選択形式でも同様に情報不足がトップに挙げられています。これは、本人の意思に沿った支援プランを立て、適切な介護サービスの提供事業者と繋げていく上で、地域における知見が十分に蓄積されていないことや、そもそもサービス提供事業者が地域に不在であるという課題を示しています。
ご家族がソーシャルワーカーに支援を相談しても、ソーシャルワーカーが利用できるサービスの情報を持っていなかったり、情報があってもサービス提供事業者が不足していたりするため、適切な支援に繋がらない可能性が指摘されます。

福祉制度の複雑さ
複数選択形式の質問では、「福祉制度の複雑さ」も2位に挙げられており、支援者が制度を理解し、適切に活用することの難しさも浮き彫りになっています。これにより、ご本人の意思決定支援が不足する状況も発生していることが示唆されます。

医療・介護職の現場:経験不足と高い専門性がもたらす心理的重圧
医療・介護職への調査では、ALS患者への在宅支援における経験不足と、それに伴う専門性の高い業務への心理的負担が顕著に表れました。
経験不足の現状
回答者の6割以上が、これまでに担当したALS患者数が「0〜3人未満」と回答しており、多くの現場スタッフがALS患者への在宅支援の経験が少ないことが明らかになりました。これは、ALSケアが専門性が高く、かつ個別性が強いため、経験を積む機会が限られている現状を示唆しています。

意思疎通の困難さと専門的知見の必要性
最も課題だと感じていることの1位は「ご本人との意思疎通が困難」、2位は「ALS患者の在宅介護・医療的ケアに関する知見・経験不足」でした。患者の病状進行に伴う意思疎通の難しさは、ご家族と同様に、医療・介護職にとっても大きな課題です。さらに、ALS患者の在宅介護や医療的ケアには高度な専門知識と経験が求められるため、経験不足が現場の大きな負担となっています。

緊急時対応と責任の重さ
「緊急時対応等の判断の難しさ」や「担当業務の責任の重さによる心理的負担」も上位に挙げられています。命に関わる医療的ケアや緊急時の判断を迫られる状況は、経験が少ないスタッフにとって特に大きな心理的重圧となります。多くの現場の医療・介護職が、迅速な知見・スキルの習得が求められる中で、高い責任感を持って患者の意思を汲み取ろうと奮闘している姿が浮き彫りになりました。

ALS在宅支援の共通課題と支援現場のギャップ
今回の調査結果から、ALSの在宅支援に関わるご家族、ソーシャルワーカー、医療・介護職のすべてが共通して抱える課題と、それぞれの立場から見たギャップが明らかになりました。
全ての支援者に共通する課題
共通する課題として、「情報不足」と「知見の蓄積不足」が挙げられます。また、「ご本人の意思決定支援の難しさ」や「コミュニケーション課題」も、三者共通で上位に位置しています。進行性難病であるALS患者の「意思決定」は、例えば「気管切開手術により呼吸器を装着して24時間介護を必要とする環境で生きるか」「延命しないか」といった、非常に過酷な選択を伴います。ご本人の意思を汲み取り、それを迅速に実現することには高いハードルがあるものの、どのような段階においても本人の意思を第一に大切にしたいという三者共通の支援の根幹が見てとれます。

家族と支援職のニーズ認識のズレ
一方で、ご家族と支援職が感じている課題にはギャップがあることも明らかになりました。ご家族は、最も近い距離で患者と長年向き合い、微細なサインや病状の進行プロセスに寄り添っています。これに対し、ソーシャルワーカーや医療介護職の多くは、「ALSの方を担当するのは今回が初めて」あるいは「数人目」であることが一般的です。この「ニーズの解像度があがっていくご家族」と「ALS支援の経験が比較的少ない支援者」という構造も、支援の難しさを生み出していると考えられます。
ALS在宅支援の改善に向けた取り組みと行政への提言
今回の調査を通じて、ALS在宅支援の現場における「意思決定支援の困難さ」「ご家族の長期的な心身の負荷」、そして「社会資源と知見の圧倒的な不足」という深刻な構造的課題が浮き彫りとなりました。これらの課題解決に向け、ユースタイルラボラトリー株式会社は以下の取り組みを進めています。
ユースタイルラボラトリーの取り組み
ユースタイルラボラトリー株式会社は、重度訪問介護サービスにおいて国内で多くの実績を持ち、ALS患者への支援に取り組んでいます。同社では、深刻な担い手不足を解消するため、全国での重度訪問介護事業所の展開に加え、資格スクールにおいて年間3,000名を超える医療的ケア人材を輩出しています。今後も「支援の担い手」の育成を加速し、重度障害・難病を抱える方の在宅生活の土台を支えていく方針です。
また、一人ひとり進行スピードも症状も異なるALS患者をサポートするには、個々の経験に頼るのではなく、地域やオンラインでの勉強会・情報公開を通じたナレッジの共有を強化し、支援の質を「社会全体の知見」へと引き上げていくことが急務であるとしています。地域・他職種・事業者間の連携推進にも力を入れています。
重度訪問介護とは?
重度訪問介護とは、重度の肢体不自由者や重度の知的障害・精神障害がある方、または難病患者の方に対して、自宅で入浴、排せつ、食事などの介助や、外出時の移動介護などを総合的に提供するサービスです。24時間365日体制で医療的ケアを含む支援を行うこともあり、利用者が住み慣れた地域で安心して生活を続けるために重要な役割を担っています。
行政への提言と政策改善への期待
今回の調査の自由回答欄において、行政に対しては以下の内容が強く要望されました。
- 決定プロセスの迅速化と「申請主義」からの脱却: 病状の急速な進行に即応した、柔軟でスピーディーな支給決定やアウトリーチ型の支援が求められています。
- 処遇改善と医療行為の規制緩和: 支援の担い手不足を根本から解消するための環境整備、具体的には医療職から介護職へのタスクシフトなどが期待されています。
- 地域格差および「制度の壁」の撤廃: 自治体間のサービス格差の是正や、介護保険優先原則、家族支援を前提としない弾力的な運用が要望されています。

全国介護事業者連盟障害福祉事業部会は、業界全体として全国各自治体の窓口に調査結果の共有と要望内容を提言していくとしています。同部会の中川亮会長は、これらの課題がALSに限らずあらゆる進行性難病に共通するものであり、現場の声を代弁し、国や自治体へ実効性のある政策提言を行うことを強調しています。提言内容の詳細については、以下の資料で確認できます。
障害福祉の未来へ:ALS患者が安心して暮らせる社会を目指して
ALS患者の在宅支援は、ご家族、ソーシャルワーカー、医療・介護職、そして行政がそれぞれの立場で抱える課題が複雑に絡み合っています。今回の実態調査は、これらの課題を明確にし、社会全体でALS支援を考える重要なきっかけとなるでしょう。
当事者・支援者・行政が真に連携し、ALS患者をはじめとする難病と向き合うすべての人々が安心して自分らしく暮らせる社会の実現に向け、今後の取り組みと政策改善に期待が寄せられます。
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