Last Updated on 2023年8月5日 by 菅間 大樹

“誰一人取り残さない”をスローガンに全世界で達成を目指す「SDGs(持続可能な開発目標)」という言葉を聞いたことのない方はいらっしゃらないかと思います。

この中に「2030年までに、若者や障害者を含むすべての男性及び女性の完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、ならびに同一価値の労働についての同一賃金を達成する」という目標があります。

この実現に向けてはダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が大きく関連しています。今のコロナ禍で経済の先行きが見通せない状況でも、障害者雇用は止まっていません。

2021年6月1日現在の民間企業の雇用障害者数は59万7,786.0人、実雇用率は2.20%で雇用労働者数、実雇用率ともに過去最高を更新しています。

本特集では、「findgood』×埼玉県女性キャリアセンターコラボ企画として、働く障害者を支援する現場で生き生きと活躍している女性にフォーカスしました。(記事内容は2022年4月5日現在)

『findgood』×埼玉県女性キャリアセンターコラボ企画~障害者雇用の最前線で働く女性の“今”~Vol.2 – findgood

『findgood』×埼玉県女性キャリアセンターコラボ企画~障害者雇用の最前線で働く女性の“今”~Vol.3 – findgood

株式会社JR東日本グリーンパートナーズの代表取締役社長・松井信乃(まつい しの)さん

障害者雇用に関わったきっかけ

1995年に入社して以来、鉄道事業の現場をはじめ一通り経験してきました。どちらかというと人事部門での教育担当を皮切りに、総合研修センターや人事部門の管理職など、人事や人材教育に関わることが多かったと思います。ですので、JR東日本の人事異動で特例子会社に赴くとは想定していませんでした。

しかし、障がいのある方といっしょに働くことに違和感はありませんでした。障害者雇用に関する知識はゼロに近かったのですが、異動が決まった際も「これは困ったぞ、大変な仕事になってしまった」という気持ちはなく、なぜか自然体で受け入れることができました

私の今までのキャリアを思い返すと、女性の深夜業がまだ撤廃されておらず(※)、女性保護で駅や乗務員に女性社員がいない時代に、先行かつ試行として日勤限定で、女性の車掌をすることになりました。当時、JR東日本に勤務する8万人の中で女性の車掌は私ひとりだったかと思います。また、完全なローカル線まで含めて一人で乗るのも私が初めてだったのではないでしょうか。
(※:1986年に施行された男女雇用機会均等法により、女性の時間外や休日・深夜労働の規制が徐々に撤廃された)

その後、人事で教育担当業務に従事するかたわら、女性社員の増員に伴い、女性乗務員の制服を作るプロジェクトに、女性の車掌経験者として参加することもありました。今のグリーンパートナーズでは制服の管理を行う仕事もあり、つながりを感じます。

また、社内外への人権啓発に取り組む企業の団体である「東京人権啓発企業連絡会」に派遣され、そこで同和問題やジェンダー、外国人、障がい者の問題などの人権啓発活動に取り組んでいたこともあります。

障がい者の人権や障がい者の支援をしていくという意味で、人事課の人材育成や人権啓発の仕事に携わってきたのはつながりを非常に感じますね。

最初にグリーンパートナーズへの配属ありきではなかったのですが、さかのぼってみると私のキャリアはうまくつながっているように思えます。 ただ、まさか鉄道会社に入り、こういうキャリアを歩むとは思ってもいませんでした。

初めての障害者雇用で苦労したことは

苦労は実際には少しはあったと思いますが、それほど大変だった記憶はありません。なぜかというと、私がグリーンパートナーズへ配属される前から指導員がいたからです。そのなかには経験を積んだ指導員もいて、何か困ったことがあったら彼ら彼女らに相談すればよい。また障がいのあるスタッフも一人の社会人としてしてコミュニケーションをとっていけばよい。それだけのことでした。

また、この障害者雇用の業界においては、企業と企業との間に壁がありません。同じような志をもって事業を行っている企業が多く、企業の垣根を超えて意見交換する機会が非常に多くあります。そのため、比較的すんなりとこの業界に入ることができ、また勉強する機会も多くありました。

障害者雇用の業界は本来はライバル企業といった同業他社や異業他社同士でもネットワークができやすく、フランクな意見交換が可能で、学びの場がたくさんありました。

障がいのある社員に寄り添ったコミュニケーションの在り方

失敗というほどではありませんが、最初の頃は普段からコミュニケーションを心がけ、声掛けからたわいのないおしゃべりなどをして、距離を詰めようと試みていました。

しかし、障がいのあるスタッフにとっては、その関係性のスピード感や距離感が本当に人それぞれ違います。それに気づくことに少し時間がかかりました。

一人でいるのが好きなスタッフ、話しかけられると逆に閉じこもってしまうスタッフもいます。みんなに声をかけていち早く打ち解けられるようにと思って行ったことが、ちょっと「あら?」、ということになったケースもありました。 社会人として、また大人になると、ある程度その共通項の知識というか、接し方で何となくコミュニケーションが取れますが、障害者雇用の現場では通用しないことがあることに気づきました。本当に一人ひとりの「個」に対してのコミュニケーションの取り方は全然違うので、そこは真剣に一人一人と向き合っていかなければいけないなと感じています。

障がいのあるスタッフの成長を支援すること

障がいのあるスタッフのスキルアップは、私が直接というよりも現場に近い指導員がよく見てくれています。私どもの仕事は親会社であるJR東日本の制服管理が主軸になっていますが、その制服を取り扱う業務のなかにも、在庫数を数える棚卸や、配送あるいは回収といった業務があります。

制服をきちんと点検して次の行程に移すとか、あとはリユースする制服をたたむ、といった行程がありますが、スタッフがその仕事に取り組んでいるなかで得意そうな分野が少しずつ見えてきます。

「漢字に強い」とか「数字に強い」とか障がいのあるスタッフの強みが見えてくるので、仕事の出来栄えを確認しながら、次に向いていそうな仕事に挑戦させてみるということを現在行っています

それがマッチングすることもありますし、思うようにいかなかったこともあります。しかし、障がいのあるスタッフの仕事へのモチベーションアップも兼ねてスキルアップを図っています。

障がいのあるスタッフと支援する指導員とのコミュニケーション

障がいのあるスタッフと指導員とのコミュニケーションについては、指導員のキャラクターによってアプローチの仕方が異なります。障がいのあるスタッフにとって望ましいコミュニケーションというのは、個人個人その人にわかりやすい指導や支援の方法が実は異なっているのです

例えば、優しく丁寧に説明するよりも、端的に短い言葉でしっかり強い口調で指導してくれる方が伝わりやすい場合もあります。障がいのあるスタッフにとって、わかりやすさが人それぞれ違うので、どちらが良いということではなく、どちらの指示の方が理解しやすいかは人それぞれなんですね。

ではどういったコミュニケーションの取り方が良いのか? 皆が皆優しければ良いのか? 指示命令がしっかりしている人が良いのか? どちらかが苦手なスタッフもいます。そのため、職場では多様性を尊重しています。ベストのコミュニケーションはひとつではなく、障がいのあるスタッフごとにフィットする方法は違います。しかし、グリーンパートナーズには多様な指導員がいます。

ただし、いつも特定の人と仕事をしているわけではないので、指導員同士で障がいのあるスタッフの強みや弱みの情報を共有していくことは欠かせません。仕事に必要な内容を指導員がお互いに把握することが、一貫した支援につながると思っています。 障がいのあるスタッフも多様性があり、指導員も多様性があります。体育会系の指導員もいれば、インテリジェントな指導員もます。いろんな人が障がいのあるスタッフを支援していく。一人だけで育てられるわけではないので、役割分担しながら指導員みんなで育てていく。そういうふうに支援しています。

仕事でのストレスを溜めないようにするには

私は基本的にオンとオフと分けており、オフの時は仕事のことはあまり考えないようにしています。しかし、仕事で本当に困ったときは、グリーンパートナーズの社員の顔を思い浮かべるようにしています

サラリーパーソンやってると、ストレスが結構溜まりますよね。個人的な話になりますが、グリーンパートナーズにきてすぐに私は母親を亡くしました。周りから気遣いの言葉をもらいましたが、障がいのあるスタッフの裏表や建前のない気遣いからの「大丈夫ですか?それは悲しかったですね」という言葉は、心に染み入るものがありました。

私は経営者ですが、経営判断のこともそうですが、判断に迷ったり、指導員の相談に乗ったりするとき、その思いに100%答えられないこともあります。しかし、いつも一生懸命、素直に働いているスタッフの姿を思い浮かべると「頑張らないと」と思えますし、こんなことでクヨクヨしててもしょうがないと感じ、みんなから元気をもらっています。

本音と建前のないスタッフですので、彼らから何かをしてもらった時の感激、何か声をかけてもらった時の感激は人一倍です。それは、例えばわが子が初めて立った時とか、初めてママと呼ばれた時のような感覚に近いのかもしれないな、と思います。

話は少し変わりますが、自閉症の傾向が強いお子さんについての親御さんの苦労について書いている本などを読んでると、初めて「お母さん」と声をかけたとか「ありがとう」という言葉を発した場面で、親御さんがビックリするシーンがあるんです。

それと似たことかもしれませんが、普段はなかなかコミュニケーションが取れないスタッフが話しかけてくれたりすると、私も驚くことがあります。

私があまりにも反応してしまい、視線を合わせたりするとその人がビックリしてしまうので、さりげなく視線は合わせず、「ふーん、そうなんだ」という、そっけないかんじで少し会話をしたりするのですが、私は心のなかではすごいドキドキしている、ということがあったりします。 ですから、むしろストレスはここのスタッフが解消してくれているのかもしれません。こんな職場は今までありませんでしたね。

コロナ禍での仕事の変化

現在はコロナ禍で、障害者雇用の現場も働き方が変わってきています。また、変わらざるを得ない状況になっています。親会社の仕事も変化してきており、オフィス部門はテレワークが導入され出勤比率も下がっています。業務構造が変わると障がいのあるスタッフの仕事も変わり、支援する指導員の仕事も変わらざるを得ません。

障害者雇用の分野でも、これからはITスキルが必要だと思います。専門的な能力までは必要はないのですが、PC入力やある程度のPCによる事務処理は、支援現場の指導員も必須条件になってきています。

どうしても、対面型あるいは手作業での作業からPCを使っての業務が増えざるを得ません。これはコロナ禍で一気に迫ってきた感じがしています。

障がいのあるスタッフについても、広い作業場でみんなで分業形式で行っていた作業が難しくなっています。間隔を空けて一人作業を可能にするなり、今までの仕事も行程を細く分割するなどの工夫が必要になっています。

指導員一人ひとりが手取り足取りで指導するのではなく、障がいのあるスタッフ自身で作業を進められるような環境やマニュアルの整備、また作業行程の構造化といった新たな仕組の検討が必要になってきています

また、障がいのあるスタッフと日々接している指導員のストレスをどういう風に解消する? 解消するというとおこがましいですが、少しでもシェアし、少しでも指導員が気持ちよく働ける環境をつくることも永遠の課題だと思っていますが、未だにやりきれていません。

指導員の悩みは一律ではなく、いろんな思いをもっています。すべての指導員に百点満点の答えを出すことはできていません。しかし悩んだ時、最後に決断するのは障がいがあるスタッフにとって何がよいのか、ベターのなのか、ということが最後の軸になっています。 その判断には、必ずしもハッピーではない人もおり、そこは心が痛いですが、それでも最後に判断をしなければならないなら、障がいのあるスタッフがここで働いていくのにどちらが望ましいか、が判断の基準になっています。

松井信乃(まつい しの)さんプロフィール

神奈川県在住。1995年、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)入社。高崎支社に配属され、車掌等の乗務員など現場部門も経験。総合研修センターやオフィス部門の人事課で教育担当などを歴任。 2014年からJR東日本の特例子会社である株式会社JR東日本グリーンパートナーズの代表取締役社長に就任。現在に至る。

Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
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