障害福祉分野に新たな光:アバターを活用した自己表現研究が国際論文に

一般社団法人キャリカは、大学研究者との共同研究により、社交不安に関連する対人場面の困難を抱える方を対象としたアバターを介した自己表現のプロセスに関する研究成果を発表しました。この研究は、査読付き国際論文として採択され、障害福祉分野における新たなアプローチとして注目を集めています。

障害福祉の現場発の共同研究

本研究は、障害福祉サービス事業所と大学研究者との連携によって実現しました。社交不安を抱える方が「話せるようになる前」に生まれる気づきを、実際の障害福祉の実践現場から捉えた点が特徴です。研究結果は、「An Initial Exploration of Cognitive Changes in Avatar-Mediated Self-Expression Processes」というタイトルで論文にまとめられました。

査読付き国際論文として採択された背景

この論文は、学術的な価値や信頼性が専門家によって認められる「査読付き国際論文」として採択されました。2026年1月30日に採択され、同年3月10日には国際ワークショップで発表されています。収録される論文集は、SpringerのCommunications in Computer and Information Science(CCIS)シリーズから、2026年9月に刊行が予定されています。

社交不安とは?対人関係の困難を乗り越えるためのアバターの可能性

人から注目されたり、評価されたりする可能性のある場面で強い不安や恐れが生じる状態は、「社交不安」と呼ばれます。症状が強く、日常生活に支障を及ぼす場合には「社交不安症」と診断されることがあります。これは単なる人見知りとは異なり、動悸、発汗、手足や声の震えといった身体症状を伴うこともあります。

既存の対面中心環境が抱える課題

社交不安を抱える方にとって、既存の対面中心の職場環境やコミュニケーションは大きな負担となることがあります。人との会話や発表、就職活動を避けるようになり、本来持っている能力を発揮する機会が減少してしまうケースも少なくありません。

なぜ「顔を出さずに話せる環境」が求められるのか

こうした状況において、最初から対面でのコミュニケーションを求めることは、本人にとって過度な適応を強いることになりかねません。アバターを介したコミュニケーションは、本人の顔や身体を直接見せずに、自分の声と言葉を使って他者と関わることを可能にします。これにより、「見られる」ことへの負担が軽減され、対面では言葉が出にくい方でも自己表現を始めやすくなる可能性があると考えられています。

イメージ画像:不安や困惑の表情の男性

現場から生まれた3つの新規性:アバター研究の画期的なアプローチ

本研究には、従来の研究とは異なる3つの新規性があります。

  1. 研究室ではない実践現場での検証
    本研究は、実験のために用意された一時的な環境ではなく、精神障害のある方が継続的に利用する地域の障害福祉サービス事業所で実施されました。アバターは、日常的な支援プログラムの中に、本人が希望して参加できる自己表現活動として組み込まれています。参加者の生活背景を踏まえながら、自然な福祉実践の中で生じる変化を記録した点が特筆されます。

  2. 「効果」以前の「気づき」に焦点を当てた研究
    本研究は、「不安が軽減した」といった目に見える変化が現れる前の段階に着目しました。参加者が自分の声の高さや話し方に注意を向け、表現方法を振り返り、「次はこのように話してみたい」と考え始める過程を整理しています。明確な行動変容に至る前の「気づき」や「準備状態」を研究対象としたことが、本研究の新規性の一つです。

  3. アバターを「自己表現の媒介」として活用
    本研究では、AIが本人に代わって話したり、合成音声が発言したりする仕組みは使用されていません。参加者は、画面に表示された自分のアバターを見ながら、自分自身の声で話しました。アバターのイメージに合わせて、声の高さや話す速さ、表現方法を本人が意識的に調整しています。アバターは本人に代わって話す存在ではなく、本人と「話す行為」の間に入り、自己表現を支える媒体として位置づけられています。

イメージ画像:PCモニターに顔認識とアバター連動のソフトウェア

アバターセッションで得られた「気づき」:参加者の声と初期的な変化

本研究には、障害福祉サービスを利用する2名が参加しました。いずれの参加者も、ひきこもりの経験と社交不安に関連する対人場面の困難を抱えていました。2025年12月に、各参加者へ2回ずつ自己表現セッションが実施され、セッション直後にインタビューが行われました。

「別の自分になったように感じる」経験

セッションとインタビューから、以下のような特徴が確認されています。

  • アバターを介して「別の自分になったように感じる」という経験が語られました。

  • アバターのイメージに合わせて、声の高さや話し方を調整する様子が見られました。

  • 2回目以降には、自分の表現を改善するための具体的な工夫が増えました。

  • 今後試してみたい表現や活動についての発言がみられました。

  • 他者から評価やフィードバックを受けたいという意識が表れました。

  • 一方で、日常生活の対人場面への明確な変化は確認されていません。

参加者は、アバターを使ったことで直ちに不安や緊張が軽減したとは評価していませんでした。しかし、回数を重ねる中で、自分の声、話し方、見せ方を意識し、「どのように表現すればよいか」を振り返る発言が増加しています。この変化は、自己表現そのものが本人の意識や振り返りの対象になり始めた、初期的な段階として捉えられています。

「顔を出さずに働ける」未来へ:アバターが拓く障害者雇用の可能性

現在、厚生労働省によると、2025年の民間企業における雇用障害者数は過去最高を更新し、2026年7月1日には民間企業の法定雇用率が2.5%から2.7%へ引き上げられました。障害者雇用義務の対象も従業員37.5人以上の企業へ拡大しています。このような状況下で、障害のある方が能力を発揮しやすい働き方やコミュニケーション環境を検討する重要性が高まっています。

アバターは、娯楽やオンライン交流のためだけの技術ではありません。すでにコンビニエンスストアなどの接客現場でも、アバターを活用した遠隔接客が行われています。例えば、ローソンでは、オペレーターが自宅などから勤務し、店舗内のモニターに表示されたアバターを通じて、売場の案内やセルフレジの利用方法の説明などを行っています。これは、アバターを介した仕事が将来の構想ではなく、すでに実証実験として実際の店舗で運用されている事例です。

将来的には、店舗での遠隔接客だけでなく、オンラインでの受付、施設や観光地の案内、商品説明、問い合わせ対応、さらには当事者経験を生かした相談や情報提供などへの展開も考えられます。アバターの活用は、本人だけを変えようとするのではなく、顔を出さなくても能力を発揮できるように「働く環境やコミュニケーションの方法を変える」という発想であり、障害のある人の就労機会を広げるうえで重要な視点となるでしょう。

イメージ画像:ノートパソコンを使ってオンライン会議に参加している男性

イメージ画像:大画面モニターに映し出された講師が、聴衆に向けてプレゼンテーションを行っている様子

関連情報:ローソンのアバター接客導入事例

研究の限界と今後の展望:さらなる可能性を求めて

本研究は、少数の参加者を対象とした探索的研究です。そのため、アバターの使用によって社交不安や緊張が軽減することや、実際の就労や社会参加につながることを証明したものではありません。しかし、アバターを介して安心して話す経験を重ねることが、将来的にオンライン業務へ参加するための準備となる可能性を秘めています。

筆頭著者である松岡氏は、次のように述べています。「アバターを使えば、すぐに不安がなくなるわけではありません。しかし、対面では話すことが難しい人が、まず自分の声で話し、自分の表現を振り返る。その経験が、次の行動に向かう準備となる可能性があります。『顔を出さなければ話せる』という方の“話せる方法”を、単なる練習で終わらせず、社会とのつながりや、その人が力を発揮できる働き方につなげていきたいと考えています。一人でも多くの方の新たな一歩を後押ししたいと思っています。」

今後は、対象者や実施回数を増やし、アバターを介した自己表現の経験が、対人場面での自信や次の行動にどのようにつながるのか、また、どのような人に適した方法であるのかを検討していく予定です。

イメージ画像:マイクを手に講演中の男性

論文詳細と一般社団法人キャリカについて

論文情報

  • タイトル:An Initial Exploration of Cognitive Changes in Avatar-Mediated Self-Expression Processes

  • 筆者:Hiroki Matsuoka, Risa Horikiri, Sachi Takaku, Saki Orihara, Motoki Sakai and Masaki Shuzo

  • 査読付き論文として採択:2026年1月30日

  • 国際ワークショップでの発表:2026年3月10日

  • 論文集:Persuasive Technology. PERSUASIVE 2026 Satellite Events Springer Communications in Computer and Information Science(CCIS) 2026年9月刊行予定

  • 出版社:Springer

  • 論文集URLhttps://link.springer.com/book/9783032272348

  • 書店URLhttps://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9783032272348

一般社団法人キャリカとは

一般社団法人キャリカは、埼玉県草加市と東京都足立区で、自立訓練、就労移行支援、就労定着支援、就労選択支援を提供する障害福祉サービス事業者です。障害のある人が自分らしい生活と働き方を築くことを支援しており、障害福祉の実践と研究を結びつけ、支援の質の向上と社会への還元に取り組んでいます。

障害福祉分野の未来を拓くアバター技術

今回の研究は、アバター技術が社交不安を抱える方の自己表現を支援し、将来的には就労機会を拡大する可能性を示唆しています。直接的な効果や就労への結びつきを証明するものではないものの、「顔を出さずに話せる」環境が、障害のある方の新たな一歩を後押しする重要なツールとなるかもしれません。今後の研究の進展と、アバター技術が障害福祉分野にもたらすさらなる可能性に期待が寄せられます。

Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
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