売り場を支える「縁の下の力持ち」

今回ご紹介するのは、神奈川県横浜市青葉区にある東急百貨店たまプラーザ店「チームえんちか」。
現在チームのスタッフは10名。うち8名が知的障害をもつスタッフです。
チームを率いるのは松田成広さん、松田さんをサポートしながらチームをまとめるのは大野麻耶さん。
東急百貨店たまプラーザ店の地下2F、社員食堂の隣にあるオフィスで百貨店内の様々な付帯業務を引き受ける部署です。

8名のスタッフは皆フリータイム社員として働いています。社会保険や有給休暇などは社員と同じ条件です。
スタッフの平均年齢は25歳。
百貨店の一員として他の社員と同様に、スタッフは男性はスーツにネクタイ(夏場はシャツ)、女性は制服の着用が基本です。
納品などで百貨店の営業時間中も売り場に出ることもあるため、笑顔や挨拶、身だしなみなど、百貨店社員で働く一員としての基本をしっかり身につけて仕事にのぞんでいます。

チームの発足は2013年4月。それから一人のスタッフも辞めることなく、チームえんちかのスタッフとして日々仕事に励んでいます。

全員写真
チームえんちかのスタッフ。
前列左から茂木康さん、杉山咲野香さん、鈴木真未さん、加藤文也さん。
後列左から櫻井俊輔さん、中島拓未さん、松田さん、黒河内颯さん、
大野さん 、福嶋直哉さん。

売り場のための「縁の下の力持ち」

「チームえんちか」の名前の由来は「縁の下の力持ち」から。
百貨店の売り場の仕事はお客様への販売業務が中心ですが、それ以外にも日々様々な付帯業務があります。
チームえんちかは、売り場の方が少しでも販売に専念できる時間をつくるために、様々な付帯業務を引き受けています。
まさに「縁の下の力持ち」ですが、なくてはならない大切な仕事です。

チームえんちかでは仕事内容をメニュー表にして売り場に配布し、仕事を受託しています。
売り場の方でもお願いしたい「付帯業務」がわかりやすいよう考えられたのが、以下のようなメニュー表です。

・切る仕事/ 薄紙、エアパッキン、シール、はがきなど
・書く仕事/ 各種伝票(売り場名や電話番号の記入など)
・作る仕事/ 箱、福袋など
・折る仕事/ 薄紙、リーフレット、ポリ袋、雨カバーなど
・貼る仕事/ DMラベル、フロアガイドなどの修正シールなど
・押す仕事/ 各種スタンプ押印

コツコツと切ることが得意なスタッフ、書くことが得意なスタッフ、また力仕事が得意なスタッフなど各自の得意を踏まえて業務を担当していきます。
今ではメニュー表以外にも、イベントでの販売応援や風船配り、商品券のセット作りや値札付けなど様々な業務の依頼がくるようになりました。
作業が終わった伝票や資材を売り場に納品するのもスタッフ自らが行っています。

仕事風景 福嶋さん
ガラス製品や瓶製品などをくるむ梱包材を適した大きさにカットする作業。曲がっていたり、カット面が不揃いだと売り場は受け取ってくれません。
定規を使って一つ一つ丁寧にカット作業に取り組む福嶋さん。彼はチーム発足の準備段階2012年に最初に採用されたスタッフです。
仕事風景 櫻井さん
櫻井さんが行っているのは、お客様へ送るDMのラベルを貼る作業。使っているキットは、宛名ラベルが同じ位置にまっすぐ貼られるよう考えられた手作りのもの。「お客様の元へ届くもの」という意識がチーム内に浸透しています。
仕事風景 杉山さん
ギフト用のシールをカットする作業。この仕事が好きと話す杉山さん。
仕事風景 鈴木さん
アパレルの売り場から依頼された検品、値札付けの作業を行う鈴木さん。最近では、このように様々な業務の依頼がくるようになりました。

「チームえんちか」が出来るまで

松田さんと大野さん
チームえんちか事務所入り口。右が松田成広さん、左が大野麻耶さん。
ドアのガラスに描かれたイラストは大野さんによるもの。ガラスに描ける画材キットパスを使って、季節に合わせて描き替えられています。

チームえんちかを松田さんが立ち上げたのは2013年。
松田さんは東急百貨店に入社して35年以上、たまプラーザ店勤務は30年以上になり、売り場の事を知り尽くしているベテランです。
実は松田さんは身体障害者2級の手帳を持っています。
34歳の時大病を患い後遺症のため、右半身の麻痺や体幹障害により、大好きだった売り場での仕事ができなくなってしまったそうです。
それから松田さんはショップのプロモーション企画やカスタマーサービスなど様々な業務を担当してきました。

50歳を過ぎた頃、自身が感じてきたテーマでもある「障害者が働くこと」について考えるようになりました。
仕事の合間を見ては、他社の障害者雇用の取り組みを見学したり、本を読んだりして過ごして1年ほどが過ぎた2010年に、社内の「自己申告制度」を使って会社に「障害者雇用の業務に携わりたい」と自ら書類を提出。
ちょうど当時計らずも、東急百貨店でも障害者雇用への取り組みの強化が検討されているタイミングが重なり、2011年、松田さんが障害者雇用部門の責任者として部署を立ち上げることになりました。

もともと売り場を熟知している松田さんは、売り場の運営には必要だけれども販売には直接関係しない様々な付帯業務を切り分けて、この部署の仕事に出来るのではないかと考えました。
長年勤めているたまプラーザ店での経験と人脈を生かして、社内に仕事はないかと営業して回り仕事を集めていったそうです。

県内の養護学校を通じ、2012年に福嶋さんを採用、翌2013年に5人を採用してチームえんちかがスタートしました。
スタートから6年目を迎え、現在はスタートメンバーを含めて8名のスタッフを雇用しています。

松田さんと一緒に部署をまとめる大野さんは、立ち上げ段階からずっと一緒にチームを作ってきました。
障害福祉の知識は全くなかったという大野さんですが、今ではチームの司令塔。
仕事の段取りや割り振りなど様々な事を大野さんが担っています。
松田さんからは「大野さんがお休みの日は不安だ」と言われるほど、信頼されている様子が伝わってきます。

社会人、大人として成長するために

松田さんも大野さんも手探りで、試行錯誤を続けながらチームを作り育ててきました。
チームえんちかのスタッフは学校を卒業して初めて社会に出た、まだまだ若いメンバー。
大事なことはまず社会人として成長してもらうこと。
挨拶や礼儀、身だしなみなど社会人としてのマナーはもちろんのこと、連絡、報告、他者への思いやりや配慮も、仕事の基本として通知しています。

スタッフに仕事で大事なことは?と尋ねると「ミスを報告すること」だそう。
ミスは隠さず必ず報告することが徹底されているそうです。
仕事上ミスは誰でもするものですが、それを隠してしまうことで、それがそのまま売り場に出てしまう=お客様の元に届いてしまう、ということになってしまいます。
百貨店での仕事は全て売り場=お客様につながっている。
それがチームえんちかの仕事の基本になっています。

仕事で楽しいことを尋ねると、「このメンバーと一緒に毎日仕事が出来る事」と多くのスタッフが言います。
入社時は誰も口を開かず緊張した雰囲気だったそうですが、今ではすっかり気心のしれた職場の仲間同士。
スタッフだけで動物園や水族館に行ったり、バーベキューをしたりもするそうです。

毎朝行われる朝礼では、スタッフが挙手してニュースやクイズなどを皆の前で発表します。
発表する内容は各自の自由ですが、朝一番にふさわしい明るい内容が主なので、楽しく進行します。
皆の前で話すというこの行為は、人前で積極的に話す場を設ける事によって、社会人としてそういう場面に遭遇した時にも臆せず対応できるようになってほしいという松田さんの想いから。
テレビや新聞のニュースや情報に興味を持つこと、世の中で起こっていること、社会に関心を持つことで彼らの世界が広がり、大人としてどんどん成長していってほしいと松田さんは願っています。

朝礼風景
朝礼風景。自分が積極的に発表するだけでなく、人の話を聞く、という機会にもなっています。

朝礼の最後には必ず一つ「漢字」を皆で書くというのも日課です。
社会人としての常識を学ぶという意味もありますが、
そこには、社会人、大人としての自覚を持って、社会の中で胸を張って生きて欲しいという、仕事の先輩としての松田さんの目線があります。

漢字
日々の「本日の漢字」の蓄積。自分が全て書けるのか筆者は自信がありません……。

松田さんが大切にしているのは、彼らと一人の社会人として接すること。
たとえば、お金や休暇の管理。
給与明細だけでなく、税金や保険、有給休暇や健康診断の書類など、色々な通知に関しても、本人にきちんと説明して管理するように伝えているそうです。

百貨店で働くということ

百貨店での仕事はどんな仕事でも、全てはお客様が喜ぶか、喜ばないかが判断基準。
「一生懸命頑張りました」はお客様には関係のないこと。お客様に喜んでいただけるために、仕事のスキルアップは欠かせません。
どんなに一生懸命頑張っても、お客様に見せられないと判断されたものは売り場には納品できません。

標語
壁には「チームえんちか」の大切な理念が掲げられています。

チームえんちかでは、個人のスキルアップのためにチームが発足してから5年間続けてきた「maya道場」というものがあります。
道場の師範は大野さん。
大野さんの名前である麻耶=maya道場です。
毎日一人10分、大野さんと全員が個人ミーティングや日誌確認、文字練習などを5年間続けてきたそうです。
お給料をいただく仕事は、障害があろうとなかろうと、お客様には関係のないこと。
それを基本に、個人個人のスキルアップのため続けた業務です。

送り状練習
文字練習の成果。お客様に届く伝票の文字。「一生懸命頑張りました」はお客様には通用しません。綺麗に書けるようにこの道場で日々練習した成果がこの文字には表れています。
仕事風景 黒河内さん
伝票記入が得意な黒河内さん。漢字が得意なのであだ名は「かんじー」。その作業が一番好きといいます。

全てはお客様に喜んでいただけるように、出来るようになるまで厳しく指導したこともあるそうですが、個人のスキルの違い、伸びしろやその限界などがわからず悩むことも多かったそうです。
本人にとってそれが苦痛ではないのか?どこまで頑張れと言ってよいのか?
それでも、頑張って出来ないことよりも出来る事の方が多いそうですが、個人差や限度の判断が難しいことも多く、今でも悩むといいます。

精神的な成長、自立を願う   

今は「maya道場」は行っておらず、仕事や作業のことで注意することはほとんどなくなっているといいます。
それよりも、作業や仕事のスキル以上に大切なのが人に対する思いやりや配慮など、人として、大人として成長すること。
大野さんは、それが欠けていると感じる振る舞いを目にした時は、ためらわず注意するそうです。

個人の育ってきた環境や経験の違いで、思いもよらない事が起こるといいます。
ただ、なぜそうなるのかを考えた時、それを「知らない」から出来ないのだと気づいたそうです。

大野さんは、そうした経験を自身の子育てにフィードバックできることや、そうした学びや気づきを得られることが、自身にとってもプラスになっていることだといいます。

そうして試行錯誤を繰り返しながら、ゼロから皆で築き上げてきた「チームえんちか」。
えんちかスタッフへの想いを大野さんと松田さんが話してくれました。

大野さん 「えんちか以外の職場でも通用する大人になっていって欲しい。だからこそ厳しく注意もするし、彼らが成長することを願っています。」

松田さん 「彼らが精神的にもっと大人になることで、えんちかがもっといろんな仕事ができるとアピールでき、新しい仕事につながる。そうなっていって欲しいんです。
今後彼らが成長していくにつれ、家族の問題や、一人暮らしの選択、恋愛など色々な課題に直面していくと思うんです。それをどう乗り越えるか、自分で考えていかなければなりません。
例えば選挙に行くには衆議院と参議院があって、ということも知る必要があるからニュースを見たり新聞を読んだりすることも大切だし、大人という自覚を持って、様々なことを学んでいって欲しい。
職場と家の往復だけじゃなく、職場以外の人ともどんどん交流して人生を豊かにしていって欲しいんです。」

中島さん 短冊
スタッフの中島さんが実習生(高校生)の時、七夕の短冊に書いた言葉。
松田さんはこれを見て、この仕事は生半可な気持ちでは出来ない、と覚悟を決めました。

離職率がゼロのチームえんちか。
「チームえんちかを何故辞めないの?」
の問いに対して、スタッフの鈴木さんからは
「もし辞めることがあるとしたら、自分がこれをやりたい、ということが見つかった時」
という答え。
松田さんも大野さんも、皆が成長してどんどんやりたいことを見つけて外に出ていくことを応援したいし、そうなっていって欲しいと願っているそうです。

これからの「チームえんちか」

チームえんちかでこれからやりたいと思っていること、仕事の可能性を松田さんと大野さんに尋ねました。

大野さん 「今は受け身の仕事がメインですが、今後はこのチームでもっと能動的な仕事を出来ると良いと思っています。
百貨店なので、年末年始やイベント時期には仕事が忙しくなりますが、閑散期には仕事がどうしても少なくなってしまいます。
スタッフにも得意、不得意があるため、常に全員がフラットに仕事を出来るようにするためには、受け身の仕事だけでなく、こちらから仕事を作っていかなければならない 。
それがこれからの課題だと考えています。」

松田さん 「例えば、福祉作業所でつくっている美味しいスイーツを、チームえんちかがオーガナイズして販売したり、ネット上で販売したり、チームえんちかが引っ張っていく仕事。 そういうことをやっていけたらと思っています。」

学校を卒業してすぐこのチームえんちかに就職した彼らの多くはまだ若く、これからもっと色々な経験を積んで社会で働くこと、大人になることの楽しさや辛さを学んでいくのだと思います。
チームえんちかで働くことは、障害のあるなしに関わらず、一人の大人として働くこと。
仕事を通じて精神的に成長し、それによってまた次のステップに向かう。
スタッフの成長がこれからのチームえんちかの成長でもあります。

そんな厳しくも温かい環境で成長していくチームえんちかのスタッフ達が、これからの新しいチャレンジを支えていくに違いありません。

【チームえんちか】
東急百貨店たまプラーザ店 B2F
〒225-0002 神奈川県横浜市青葉区美しが丘1丁目7番地
TEL: 045-903-2499