法定雇用率2.7%時代に問われる「障がい者雇用の質」とは?

法定雇用率」とは、障がい者雇用促進法に基づき、企業が従業員に占める障がい者の割合として義務付けられている数値です。2013年の1.8%から段階的に引き上げられ、2024年には2.5%、そして2026年7月には2.7%へと変わります。この背景には、障がいのある方の社会参加を促進し、多様な働き方を実現する社会への転換があります。

しかし、雇用率の達成だけでなく、障がいのある方が職場で活躍し、長期的に働き続けられる「雇用の質」が重要視されるようになりました。千葉市教育委員会事務局で障がい者雇用を担当する菅野雅彦さんは、当初は義務感が強かったものの、多くの当事者と関わる中で意識が変化したと語ります。

「障がいの有無にかかわらず、お互いの違いを理解し、認め合いながら働くことが職場に良い影響をもたらすという考え方が広がってきているように感じます。現在は、一人ひとりが能力を発揮し、モチベーション高く働き続けられる環境をどうつくるかという視点へと変化してきました。」

また、就労移行支援事業所ドットワークの事業責任者である田島翔太さんは、過去10年間で社会全体の障がいに対する認知や理解が大きく進んだと指摘します。「当事者が自己理解を深め、必要な配慮を伝えられるようになったことや、支援機関が企業と当事者の間に入り、三者が連携して支えあう体制が整ってきたことが、大きな変化です。」

就職から定着までを支える「ドットワーク」の伴走支援事例

ドットワークは、障がいのある方が一般企業への就職を目指すための支援を行う「就労移行支援事業所」です。ここでは、千葉市教育委員会事務局の会計年度任用職員として採用されたIさんの事例をもとに、具体的な支援内容を紹介します。

就職までの道のりを支える就労支援

Iさんは学生時代に障がいを抱え、自信を失っていた経験があります。事務職への希望があったものの、障がいを開示することへの不安から、長年、障がいを伏せて体を動かすパートの仕事をしていました。しかし、障がい者雇用の存在を知り、転職エージェントを利用して一度は就職したものの、希望する事務職とは異なる業務内容に直面し、退職に至りました。

「障がいがあると事務職に就くのは難しいのだろうか」と悩んでいたIさんが出会ったのが、ドットワークの就労移行支援でした。ドットワークで障がい者雇用で活躍する方々の事例に触れ、「自分にもできるかもしれない」と前向きな気持ちを持てるようになったといいます。

ドットワークでは、利用者と支援者が「個別支援計画書」を作成し、週に1回見直しを行います。Iさんのように初めて就労移行支援を利用する方には、独自の「ステップ5シート」を活用し、就職までの道のりを段階的に整理します。これにより、利用者は自身のペースで就職を目指すことができます。Iさんの場合は約6ヶ月で就職が決まりました。

ドットワークのステップ5におけるスキルを解説する図です。就労移行支援と自立訓練でそれぞれ訓練するスキルとして、職業適性、就労、コミュニケーション、生活リズム、体調管理の5つのカテゴリーが示されています。

Iさんは事務職を希望していたため、パソコン関連のカリキュラムを中心に基礎から学習し、実務で活かせるスキルを習得しました。特にデータ入力や修正のカリキュラムで身につけた「ダブルチェックの習慣」は、現在の業務でも役立っているそうです。就職後にはMOS(Excel・Word)の資格も取得し、パソコンスキルがゼロから実務で活用できるレベルにまで成長したことが、大きな自信につながっていると語ります。

ドットワークでは、利用者が複数の企業を見学・実習し、納得できる職場を選べるよう、求人検索や提案、企業との連携を行います。Iさんも複数の選択肢の中から、見学や実習を通して千葉市教育委員会事務局での就労を自らの意思で選びました。

働き続けるための「定着支援」の重要性と三者連携

障がい者雇用において、採用後の「定着支援」は、長く働き続けるために不可欠な要素です。千葉市教育委員会事務局とドットワークがどのように連携し、当事者を支えているのかを見ていきましょう。

採用側が重視する「意欲と自己理解」

千葉市教育委員会事務局の菅野さんは、採用にあたって最も重視するのは「ここで働きたい」という意欲と自己理解だと語ります。面接では、障がい特性をどのように理解しているか、配慮してほしいことや体調不良時の対応方法を自分の言葉で伝えられるかを確認します。これは、できること・できないことを就職前に共有し、長く働き続けるための基盤を築くためです。

また、スキルだけでなく、人柄や成長意欲も重視しています。就職後は、希望者への年2回のフォローアップ面談に加え、困りごとがあれば随時相談できる体制を整え、勤怠状況を確認しながら、小さな変化を早めに把握し、直接対話することを大切にしています。

未来志向で自立を促す定着支援

ドットワークの田島さんは、就職後の定着支援として月1回の定期面談を実施しています。ドットワークでは、利用者が事業所を利用していた頃から「現在の悩み」だけでなく、「将来どうなりたいか」という未来志向の対話を重視しています。これにより、自己理解と自立がさらに深まると考えています。

「私たちが目指す定着支援のゴールは、支援員が介在しなくても、本人と企業が直接コミュニケーションを取り、良好な関係を築ける状態です。そのため、困りごとがあれば利用者の相談に応じながら、本人が自分の言葉で考えや要望を伝えられるよう支援しています。」

Iさんにとって、田島さんや菅野さんとの面談は、仕事や人間関係の悩みをすべて話せる貴重な時間だといいます。面談のたびに「もっと勉強しよう、頑張ろう」とやる気がわいてきたそうです。現在は郵便物の仕分けやシステム入力、公文書管理の補助などを担当し、職場の同僚から多くの気づきを得ながら、日々業務に取り組んでいます。

菅野さんは、長く働き続けるためには、自身の障がい特性を理解し、生活リズムや体調を整えることが重要だと強調します。加えて、職場で感謝され、自分が必要とされていると実感できることも、働き続ける上で大切な要素の一つだと述べています。

就労支援の全プロセスを5つのステップで図解。アセスメント、個別計画、スキル習得、就職活動、定着支援まで一貫してサポートする流れを示しています。

障がい者雇用の未来へ!業務創出と就労体験の充実が鍵

障がい者雇用をさらに推進していく上で、どのような課題があり、未来に向けて何が必要なのでしょうか。菅野さんと田島さん、そしてIさんの視点から、その鍵を探ります。

業務の創出と就労体験の充実

菅野さんは、障がい者雇用における2つの課題を挙げます。1点目は「業務の創出」です。障がいのある方を雇用しても、有意義な仕事が十分に用意できなければ、当事者にとってつらい状況になりかねません。一人ひとりが能力を発揮できる業務をいかに創出するかが求められています。

2点目は「就労体験の充実」です。就労体験は、実際の業務や職場環境を知る貴重な機会であり、本人と職場の双方の理解を深める上で重要な役割を果たします。より多くの方が安心して実習に参加できる環境づくりは、今後の発展が期待される取り組みの一つです。

田島さんも、民間企業においても雇用率達成だけを目標にすると、ミスマッチや定着率低下につながる可能性があると指摘します。これからは採用だけでなく、一人ひとりが長く働き続けるための環境整備と雇用の質の担保に、社会全体で取り組むことが重要だとしています。支援機関としても、支援の受け皿を広げ、本人の成長を支えながら企業とともに定着支援を進めていきたいと考えています。

Iさんは、夢だった事務職に就けたものの、本当のスタートは就職してからだと感じているそうです。働き始めてから自分に足りない知識やスキルに気づくことも多く、毎日が学びの連続だと語ります。職場での経験と定着支援を通じて自分を振り返る機会を持つことで、課題を乗り越えながら成長できていることを実感し、働くことへの自信が生まれ、充実した毎日を送れるようになったと話しています。

障がい者雇用の未来へ向けて

今回の事例は、法定雇用率の引き上げを機に、障がい者雇用が「量」から「質」へと意識が変化していることを明確に示しています。千葉市教育委員会事務局とドットワーク、そして当事者であるIさんの三者が連携することで、就職だけでなく、その後の定着、そして個人の成長までを支援する伴走型のサポートが実現しています。

障がいのある方が自分らしく働き、社会で活躍できる未来を築くためには、業務創出や就労体験の充実、そして企業と支援機関、当事者が一体となった継続的な支援が不可欠です。

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Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0773TRZ77