障がい者IT就労の最新動向:企業が求めるのは「専門スキル」より「安定勤怠」?法定雇用率改定で注目される“入社後の育成”

2026年7月1日に民間企業の法定雇用率が2.5%から2.7%に引き上げられ、障がい者雇用は新たな局面を迎えます。従業員37.5名以上の企業が対象となり、特に中小企業では「何から始めればよいか分からない」といった声も聞かれます。このような背景の中、障がい者のIT就労に関する実態調査が実施され、企業と障がい者双方のニーズや課題が明らかになりました。

障がい者雇用の「質」が問われる時代へ:調査の背景

障がい者雇用は、単に雇用率を達成するだけでなく、障がいのある方がキャリアを積み、活躍できる「雇用の質」が重視される段階に入っています。2023年には、障がい者である労働者の「職業能力の開発・向上に関する措置」が事業主の責務として障害者雇用促進法(第5条)に明記されました。これは、企業が障がいのある従業員に対して、入社後の成長機会を提供することの重要性を示しています。

株式会社アストンは、障がい者と企業を結びつける就職・定着支援の最前線に立つ就労移行支援事業所の支援員51名を対象に、障がい者のIT就労に関するアンケート調査を実施しました。この調査は、現場の専門職の視点から、障がい者側と企業側双方の要望や実態を明らかにし、今後の障がい者雇用のあり方を考える上で貴重な示唆を与えています。

企業が障がい者に最も求めるのは「安定した勤怠」

調査結果によると、企業が障がいのある方に最も求めているのは「継続的・安定した勤怠(毎日きちんと働き続けられること)」であり、5点満点中平均4.84点と非常に高い重視度を示しました。次いで「自己理解(自身の障がい特性の説明ができること)」や「報告・連絡・相談の習慣」といった、安定して働くための基本的な要素が続きます。

一方で、「特定の専門スキル(プログラミング・デザイン等)」は平均1.94点と最下位でした。この結果は、企業が障がい者に対して高度な専門スキルを最初から求めているわけではないことを示唆しています。

企業が障がいのある方に求めているもの

しかし、専門スキルが重視されないことが必ずしも「簡単な業務しかない」ことを意味するわけではありません。これは、企業側の期待値の低さや、障がいのある方がこれまでスキルや経験を積む機会が少なかったことの表れである可能性も考えられます。支援員からは「ポテンシャルはあるが経験がなく選考に進めない」といった声も寄せられています。

障がいのある方が就業先に求めるのは「長く続けられる環境」

障がいのある方が就業先に最も重視するのは「安定した雇用・長く続けられる環境」で、平均4.65点でした。次いで「職場の雰囲気(上司、同僚等)」、「通勤(通勤時間・手段)」、「業務体制(業務の明確化、マニュアル化)」が重視されています。

一方で、「待遇(給与水準・福利厚生)」は平均3.94点と6位にとどまり、「スキルアップ・キャリアの成長」は最下位の平均3.49点でした。この傾向は、「待遇よりも、配慮・明確さ・続けやすさ」を求める利用者のニーズを鮮明に示しています。企業が求める「安定した勤怠」と、利用者が求める「安定して続けられる環境」は、同じ方向を向いていると言えるでしょう。

利用者が就業先に求めているもの

利用者が重視する条件

障がい者雇用で最も難しい課題は「障がいに対する理解」

企業と障がいのある方のマッチングにおいて、支援員が最も難しいと感じている点は「障がいに対する理解」であり、平均3.92点と突出しています。企業と障がいのある方の相互理解の不足が、最大の障壁となっていることが明らかになりました。

企業と利用者のマッチングで最も難しい点

難しいと感じる点

また、「コミュニケーション手段・方法の調整」、「利用者と企業側のスキルのギャップ」、「業務の理解・難易度」、「通勤・勤務時間など労働条件の調整」、「待遇面(給与水準・福利厚生)」といった複数の摩擦が同時に重なり、マッチングを困難にしていることも示されています。このような状況において、双方の間に立って相互理解と条件のすり合わせを担う支援員の介在が、雇用の定着を左右する重要な要素であることが再確認されました。

障がい者IT就労の鍵は「入社後に育つ仕組み」と「キャリアの階段」

就労移行支援事業所の支援員からは、以下のような具体的な声が寄せられています。

  • 「ポテンシャルはあるが、経験がないために選考に進めないこともある。」

  • 「就労後にスキルを身につけていくような雇用の仕方を増やしてもらえると、チャレンジしやすい。」

  • 「成長機会やキャリアアップの道筋、それに伴う賃金向上が見えることで、働く意欲や定着率が高まる。」

  • 「IT就労と聞くと、経験がないから難しそうと尻込みする訓練生が多い。わかりやすい言葉で業務内容を説明してもらえれば、ハードルは下がる。」

  • 「入社後のミスマッチを防ぐため、短時間・短期間でも職場実習の機会を設けてほしい。」

これらの声は、企業が障がいのある方に求める「安定した勤怠」と、障がいのある方が求める「安定して続けられる環境」を両立させるためには、「入社後に育つ仕組み」と「キャリアの階段」の構築が不可欠であることを示しています。入口の業務から始め、働きながら段階的に力を伸ばし、キャリアアップできる設計への転換が、低い期待値と機会不足の悪循環を断ち切る鍵となるでしょう。

働きながら、スキルと自信を積み上げる

株式会社アストンの代表取締役CEOである上西 龍氏は、「今回の調査で最も印象的だったのは、企業も、働く本人も、ともに”長く続けられること(継続)”を求めていたことです。立場は違っても、目指すものは同じでした。そして、その継続を実現する最も近い道は、本人がキャリアを積み、戦力として活躍できるようになることだと、改めて感じています。”簡単な仕事”を用意して終わりにするのではなく、入口の先に成長の階段を用意すること。それが、企業と本人の双方にとって、長く働き続けられる関係につながると考えています。」とコメントしています。

まとめ:障がい者雇用における「雇用の質」向上に向けて

今回の調査は、2026年7月の法定雇用率改定を前に、障がい者雇用の現状と課題を浮き彫りにしました。企業が障がいのある方に求めるのは、特定の専門スキルよりも「安定した勤怠」や「仕事の基本」であり、障がいのある方も「安定して長く続けられる環境」を重視していることが共通の認識として示されています。

しかし、障がいに対する理解不足やキャリア形成の機会不足が、雇用の大きな障壁となっていることも明らかになりました。今後は、企業が「入口の業務」から始められる環境を提供しつつ、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)や業務設計を通じて段階的なスキル習得を支援し、キャリアアップの道筋を明確にすることが、障がいのある方が企業で長く活躍するための重要な要素となるでしょう。障がい者雇用は、量から質へと転換する中で、企業と障がいのある方が共に成長できる持続可能な関係を築くことが求められています。

Written by

菅間 大樹

findgood編集長、株式会社Mind One代表取締役
雑誌制作会社、広告代理店、障害者専門人材サービス会社を経て独立。
ライター・編集者としての活動と並行し、就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、管理者も務める。職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修修了。
著書に「経営者・人事担当者のための障害者雇用をはじめる前に読む本」(Amazon Kindle「人事・労務管理」「社会学」部門1位獲得)がある。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0773TRZ77